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京都地方裁判所 昭和58年(行ウ)7号 判決

目次

当事者の表示

主文

事実

第一 当事者の求める裁判

一 原告ら

被告市に対する請求

被告市長に対する請求

二 被告ら

1 本案前の答弁

2 本案の答弁

第二 当事者の主張

一 請求原因

1 本件条例と原告らの地位

2 本税のこれまでの経過と本件覚書の成立

(一) 昭和三一年における文化観光施設税の条例(第一次条例)制定とそれに対する反対

(二) 昭和三九年における旧条例制定とそれに対する社寺の反対並びに本件覚書の成立

(三) 旧税の終了の経過

3 本件条例の制定

4 本件条例の無効原因

(一) 憲法違反

(二) 地方税法違反

(三) 地方自治法違反

5 本件条例の無効確認請求の予備的請求について

6 被告らの義務の発生原因(旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為禁止請求及びその予備的請求について)

(一) 本件契約(確約)の有効性について

(二) 本件契約(確約)に基づく原告らの信頼保護について

(三) まとめ

7 結論

二 被告らの本案前の主張

1 本件条例の無効確認の訴について

2 本件条例の施行禁止、本税の新設禁止義務を負うことの確認、本件条例に基づく特別徴収義務者の指定処分差止、右指定処分禁止義務を負うことの確認の各訴について

3 旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為の禁止、旧税と同種の税の新設禁止義務を負うことの確認の各訴について

三 被告らの本案前の主張に対する原告らの反論

1 本件条例の無効確認の訴について

(一) 自治大臣の許可前であるとの主張について

(二) 本件条例の制定行為の処分性について

(三) 公布行為について

2 旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為の禁止、旧税と同種の税の新設禁止義務を負うことの確認の各訴について

四 請求原因に対する被告らの答弁と主張

(認否)

(主張)

1 本件条例の無効原因の主張について

(一) 憲法二〇条一項前段(信教の自由)違反について

(二) 憲法二〇条一項後段(政教分離の原則)違反について

(三) 憲法三〇条、同法八四条、同法九二条(租税法律主義)違反について

(四) 地方税法違反について

(五) 地方自治法違反について

2 本件契約(確約)の有効性の主張について

3 本件契約(確約)に基づく原告らの信頼保護の主張について

4 被告らが本税を新設しようとする事情について

(一) 被告市の財政状況の変化

(二) 被告市の国際文化観光都市としての財政需要の動向

(三) 今後の被告市財政の動向

五 被告らの主張に対する原告らの反論

1 議案提出権の放棄の有効性について

2 歴代市長に対する本件契約(確約)の拘束力について

第三 証拠

埋由

第一 被告らの本案前の主張に対する判断

一 甲原告らの被告市及び被告市長に対する本件条例の無効確認の訴について

1 条例と抗告訴訟の対象

2 自治大臣の許可と本件条例の処分性

(一) 自治大臣の許可の性質

(二) 本件条例の自治大臣の許可

(三) 本件条例の公布と自治大臣の許可

(四) 本件条例附則二項と本件条例の処分性

(五) 自治大臣の許可と憲法九二条、同法九四条

(六) 自治大臣の許可と附款付行政処分

(七) 被告らの第一次的判断権と本件条例の処分性

(八) 本件条例の制定行為の処分性

3 まとめ

二 甲原告らの被告市に対する本件条例の施行差止の訴について

1 処分の事前差止訴訟の要件

2 回復し難い損害と他の救済手段欠如の各要件について

(一) 信教の自由と回復し難い損害

(二) 甲原告らの本件課税に対する対応の仕方と回復し難い損害

(三) 本件覚書と回復し難い損害

(四) 事後の執行停止の他の救済手段として有効性

(五) まとめ

3 まとめ

三 甲原告らの被告市に対する本税の新設禁止義務を負うことの確認の訴について

四 甲原告らの被告市長に対する本件条例に基づく特別徴収義務者の指定処分差止の訴について

五 甲原告らの被告市長に対する本件条例に基づく特別徴収義務者の指定処分禁止義務を負うことの確認の訴について

六 原告らの被告市長に対する旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為の禁止、旧税と同種の税の新設禁止義務を負うことの確認の各訴について

七 原告らの被告市に対する旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為の禁止、旧税と同種の税の新設禁止義務を負うことの確認の各訴について

第二 本案に対する判断

一 本件契約(確約)六項二文の効力に対する判断

1 市議会の議員の議案提出権と本件契約(確約)六項二文の効力

2 被告市の課税権、被告市長の議案提出権と本件契約(確約)六項二文の効力

3 報償契約等と本件契約(確約)六項二文の効力

4 本件契約(確約)の他の各条項の履行と本件契約(確約)六項二文の効力

5 まとめ

二 本件契約(確約に基づく原告らの信頼保護の主張に対する判断

1 行政上の確約の法理について

2 我が国の判例と行政上の確約の法理

3 公法の分野における信義則ないし禁反言の法理の適用

4 本件契約(確約)に基づく原告らの信頼保護の要否の検討

5 まとめ

第三 結論

別紙本件条例

別表(1) 主なる池泉庭

(2) 主なる枯山水庭

(3) 市税決算額累年調

(4) 京都市と他の指定都市の昭和五六年度市税決算額比較

一 原告ら

昭和五八年(行ウ)第七号事件原告、昭和五八年(ワ)第一二号事件原告、

昭和五八年(ワ)第二六四号事件原告(以下原告という)

原告

仁和寺

代表者代表役員

立部瑞祐

原告

勧修寺

代表者代表役員

筑波常遍

原告

清水寺

代表者代表役員

松本大圓

原告

教王護国寺

代表者代表役員

岩橋政寛

原告

廣隆寺

代表者代表役員

清瀧智弘

原告

栂尾山高山寺

代表者代表役員

葉上照澄

原告

金地院

代表者代表役員

松田禅格

原告

三千院

代表者代表役員

森定慈紹

原告

詩仙堂丈山寺

代表者代表役員

石川良一

原告

神護寺

代表者代表役員

谷内乾岳

原告

寂光院

代表者代表役員

小松智光

原告

青蓮院

代表者代表役員

東伏見慈洽

原告

常寂光寺

代表者代表役員

長尾憲彰

原告

慈照寺

代表者代表役員

樋口月堂

原告

随心院

代表者代表役員

池田龍潤

原告

泉涌寺

代表者代表役員

小松道圓

原告

禅林寺

代表者代表役員

三輸亮明

原告

大覚寺

代表者代表役員

片出宥雄

原告

龍安寺

代表者代表役員

木下玄隆

原告

天龍寺

代表者代表役員

關牧翁

原告

東福寺

代表者代表役員

岡田元亨

原告

南禅寺

代表者代表役員

勝平宗徹

原告

二尊院

代表者代表役員

羽生田寂純

原告

念佛寺

代表者代表役員

原辨雄

原告

曼殊院

代表者代表役員

山口圓道

原告

妙法院

代表者代表役員

清田寂圓

原告

蓮華寺

代表者代表役員

安井寂勇

原告

鹿苑寺

代表者代表役員

村上慈海

原告

知恩院

代表者代表役員

藤井實應

原告

醍醐寺

代表者代表役員

岡田宥秀

(ここまでの原告らを甲原告らという)

原告

圓通寺

代表者代表役員

北園文英

原告

華厳寺

代表者代表役員

桂紹円

原告

源光庵

代表者代表役員

鷹峰龍雄

原告

金福寺

代表者代表役員

小関魯庵

原告

直指院

代表者代表役員

小田芳隆

原告

實光院

代表者代表役員

天納伝中

原告

實相院

代表者代表役員

中西淳

原告

十輸寺

代表者代表役員

泉浩洋

原告

勝持寺

代表者代表役員

中村真昌

原告

正傳寺

代表者代表役員

山崎秀山

原告

鞍馬寺

代表者代表役員

信楽香仁

原告

清涼寺

代表者代表役員

鵜飼光順

原告

石峯寺

代表者代表役員

阪田正仁

原告

退耕庵

代表者代表役員

五十部景秀

原告

法寳閣檀林寺

代表者代表役員

松森覚全

原告

長建寺

代表者代表役員

岡田豊

原告

同聚院

代表者代表役員

西部義雄

原告

毘沙門堂

代表者代表役員

梅山円子

原告

芬陀院

代表者代表役員

爾文弘

原告

法界寺

代表者代表役員

岩城秀雄

原告

万広寺

代表者代表役員

木ノ下寂俊

原告

宝鏡寺

代表者代表役員

澤田惠璀

原告

法金剛院

代表者代表役員

川井戒本

原告

室泉院

代表者代表役員

林宏全

原告

壬生寺

代表者代表役員

松浦俊海

原告

妙満寺

代表者代表役員

近津日成

原告

養源院

代表者代表役員

吉水行祐

原告

善峯寺

代表者代表役員

掃部光暢

原告

来迎院

代表者代表役員

斎藤孝雄

原告

霊雲陛

代表者代表役員

岡根守貞

原告

廬山寺

代表者代表役員

町田智天

原告

雲龍院

代表者代表役員

市橋真明

原告

臨川寺

代表者代表役員

關牧翁

原告

真正極楽寺

代表者代表役員

奥村真隆

原告

霊山観音教会

代表者代表役員

石川良並

原告

法観寺

代表者代表役員

浅野全雄

原告

宝福寺

代表者代表役員

西垣廣慶

(ここまでの原告らを乙原告らという)

原告ら訴訟代理人

和島岩吉

田辺哲崖

黒瀬正三郎

浅井清信

莇立明

上羽光男

小川達雄

金子武嗣

坂元和夫

田原睦夫

浜田次雄

水野武夫

森下弘

山下潔

山下綾子

吉田隆行

若松芳也

二 被告ら

昭和五八年(行ウ)第七号事件被告

被告

京都市

代表者市長

今川正彦

昭和五八年(ワ)第一二号事件被告、昭五八年(ワ)第二六四号事件被告

被告

京都市長

今川正彦

被告両名訴訟代理人

納富義光

主文

一  甲原告らの被告京都市に対する、1 昭和五八年一月一八日に制定された京都古都保存協力税条例が無効であることの確認を求める訴、2 被告京都市が甲原告らに対し同条例を施行してはならないことを求める訴、3 被告京都市が甲原告らに対し同条例に基づく古都保存協力税を新設してはならない義務を負うことの確認を求める訴及び甲原告らと乙原告らの被告京都市長に対する訴を却下する。

二  甲原告らの被告京都市に対するその余の請求及び乙原告らの被告都市に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、甲原告らと乙原告らとの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  甲原告ら及び乙原告ら(以下原告らという)

被告京都市(以下被告市という)に対する請求

(甲原告ら)

1 昭和五八年一月一八日に制定された京都市古都保存協力税条例(以下本件条例という・別紙参照)が無効であることを確認する。

2 前項の予備的請求

被告市は、甲原告らに対し、本件条例を施行してはならない。

3 前項の予備的請求

被告市は、甲原告らに対し、本件条例に基づく古都保存協力税を新設してはならない義務を負うことを確認する。

(原告ら)

4 被告市は、原告らに対し、京都市文化保護特別税条例(昭和三九年六月八日条例第四三号・以下旧条例という)に基づく文化保護特別税(以下旧税という)と同種の税に関し、自治大臣への許可申請、条例の施行などその新設にかかる一切の行為をしてはならない。

5 前項の予備的請求

被告市は、原告らに対し、旧税と同種の税を新設してはならない義務を負うことを確認する。

6 訴訟費用は、被告市の負担とする。

との判決。 被告京都市長(以下被告市長という)に対する請求

(甲原告ら)

1 本件条例が無効であることを確認する。

2 前項の予備的請求

被告市長は、甲原告らに対し、本件条例に基づく特別徴収義務者の指定処分をしてはならない。

3 前項の予備的請求

被告市長は、甲原告らに対し、本件条例に基づく特別徴収義務者の指定処分をしてはならない義務を負うことを確認する。

(原告ら)

4 被告市長は、原告らに対し、旧条例に基づく旧税と同種の税に関し、その税に関する特別徴収義務者の指定、観賞券の用紙その他のその税を徴収するために必要な準備行為など、その税の新設にかかる一切の行為をしてはならない。

5 前項の予備的請求

被告市長は、原告らに対し、旧税と同種の税を新設してはならない義務を負うことを確認する。

6 訴訟費用は、被告市長の負担とする。

との判決。

二  被告ら

1  本案前の答弁

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

との判決。

2  本案の答弁

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件条例と原告らの地位

(一) 被告市は、昭和五八年一月一八日、本件条例を制定した。

被告市長は、本件条例制定の際、京都市議会(以下市議会という)に対して本件条例の議案を上程し、市議会の議決を得た。そうして、被告らは、本件条例に基づく古都保存協力税(以下本税という)を新設しようとしている。

(二) 本件条例は、京都市内の社寺等の敷地内に所在する本堂、庭園等の有形文化財の観賞行為について、その観賞者に対して本税を課税することとし(四条・五条)、文化財を観賞に供するその他本税の徴収について便宜を有する者で被告市長が指定したものを特別徴収義務者とすること(八条)を定めている。

(三) 原告らは、京都市内に本堂、仏像、仏画、仏具、庭園等の宗教施設を所有し、宗教活動を行つている宗教法人であつて、そのうち甲原告らは、本件条例の別表に掲げられた社寺で、その観賞行為が本税の課税対象となる文化財を所有しており、本件条例八条の文化財を観賞に供する者その他本税の徴収について便宜を有する者として特別徴収義務者に当然該当する者、乙原告らは、今後該当する可能性のある者である。

2  本税のこれまでの経過と本件覚書の成立

(一) 昭和三一年における文化観光施設税の条例(以下第一次条例という)制定とそれに対する社寺の反対

(1) 被告市の財政は、昭和三一年当時、逼迫していたが、当時被告市の市長であつた訴外亡高山義三(以下高山市長という)は、京都会館建設の構想を固め、その財源として入洛する観光客から税金を徴収することを目的とした文化観光施設税を創設しようと考えた。

そして、高山市長は、そのころ、有料拝観寺院の一部で拝観料収入をめぐつて問題を起したことが、新聞に大きく報道されたこともあつて、拝観料に課税しても市民の反発を避けうるのではないかと考え、同年四月、新税構想を公表し、同年六月一一日の市議会総務委員会で、観光施設税として、庭園、仏像などの観光財を有料で観覧する者に対し、一般一〇円、学童五円を課し、観光財所有者を徴収義務者とする、その使途として第一次的に観光道路等の整備、国際文化観光会館(現在の京都会館)の建設、第二次的に古文化財所有社等への援助を考える旨の趣旨説明を行つた。

(2) 課税対象施設とされた社寺側(そのほとんどは、本件訴訟の原告となつている)は、この課税構想が社寺の所有及び管理する庭園、仏像等の宗教施設を単なる親光財としてとらえていることなどの点が、憲法の定める信教の自由を侵すものであること、入洛する観光客のうち社寺拝観者のみに課税をするのは、公正を害すること、拝観料は、社寺の戦中、戦後の荒廃からの復旧を図り、維持、管理の費用に充てるために参詣者の志納を仰ぐものであること等を理由に強く反対し、対象社寺が加入する京都古文化保存協力会が中心となつて、同税に対する反対運動を開始し、同年六月一三日、右協会名で市議会に対して反対陳情書を提出した。

(3) しかし、被告市は、社寺側と何らの話合いもすることなく、その反対を全く無視して、同月二八日、市議会総務委員会に資料を提出して正式発表し、また、自治庁に対して新税創設についての事前照会をする等、その創設の準備を進めた。

(4) そこで、右協会は、同月二三日、臨時観光税対策委員会を開き、憲法で保障された信教の自由を破壊する新税の創設には断固反対することを決めるとともに、当時の有料拝観寺院である妙法院ほか二四社寺は、定額の拝観料を廃止する、参詣者からの適宜の応納料等は拒否しない、単なる観覧者は参詣を断ること等を決め、翌二四日から順次右決定に従つて参詣者に接する(報道機関は、このような措置を拝観ストと称した)とともに、新税反対のビラを市民に配布し、街頭で署名運動等を始めた。

また、観光施設税問題を重視した京都府仏教会は、同年七月四日、常任理事会を開き、同会傘下三〇〇〇寺院を挙げて同税に反対することを決定し、同日その旨の声明を発表した。

(5) 被告市は、同月一三日、右協会の代表を呼んで、被告市が第一次条例を制定しようとしていることを伝えた。

事態をできる限り円満に納めようとする右協会側の申入れで、同月一八日、被告市と右協会加盟社寺との協議会が開催されたが、被告市側は、一方的に新税創設についての見解を述べるだけで、協議は、何らなされなかつた。

そして、被告市理事者は、翌二〇日、第一次条例の議案を市議会に送付し、同議案は、同月二七日開催の定例市議会に上程され、同会総務委員会に付託された。

同委員会は、関係社寺等から意見を聴取したものの、原案の一部の字句修正と、七年半の時限規定であることを明記する旨の修正案を決めた。同修正案は、同年八月一七日、市議会本会議でそのまま可決された。

そして、被告市は、京都府に対し、自治庁長官に対する第一次条例の許可申請書を提出し、あくまでその施行を強行しようとした。

(6) 右協会側は、同税に対してあくまで反対の立場に立ち、市議会上程の同年七月二六日、市議会議長に対し、対象一九社寺の連署で、拝観の謝絶または無料拝観を実行しているので、同税の対象とはならないと思料される旨の文書を提出し、市民に対し広く反対を呼びかけるほか、被告市の第一次条例の許可申請について意見書を提出する京都府や、文部省、自治庁に対して、反対の陳情を重ねた。また、事態を重視した京都府宗教連盟も、同年九月七日開会の総会で、観光施設税反対を決議し、全日本仏教会や神社本庁も同税反対に立ち上がつた。

(7) 被告市は、市政協力委員を使つて市民の世論作りを行う一方、自治庁に対して第一次条例の許可を強く働きかけた。

(8) このようにして、被告市及び指定社寺は、第一次条例の制定をめぐつて全面的に対立し、社寺側では、被告市があくまで強行する場合は行政訴訟も辞さないとの意向を固めていたが、同年九月、中央政界でも問題とされ河野一郎農林大臣が調停に乗り出した。

社寺側は、秋の観光シーズンを迎えて、社寺拝観窓口での混乱を避けたいとの意向があつたこと、社寺週辺の土産物店等を中心に早期解決の要望がなされていたこと、高山市長が、同税は七年半の時限税であり、期限終了後は決して延長しない旨社寺の代表に対し、口頭で約束したこと、京都会館建設のための社寺側の協力を要望したこと、河野農林大臣が乗り出しての調停を無視できなかつたこと、以上のことから、同税が違憲であることに確信を抱きながらも、まげて同税の施行に協力することにした。

(二) 昭和三九年における旧条例制定とそれに対する社寺の反対並びに本件覚書の成立

(1) 第一次条例は、七年半の時限立法であり、昭和三九年四月一二日がその終期であつた。

被告市は、文化観光施設税による税収に味をしめ、また、同税制定時には強力な反対運動を展開した社寺側も、同税施行後はおおむね協力したところから、同税を延長しても社寺は反対しないものと安易に考えた。高山市長は、事前に社寺側に対して何らの了解工作も行わないまま、昭和三八年春の市議会及び同年七月二〇日の市議会で、同税を延長する構想を表明した。

そして、被告市は、同年一一月、第一次条例に基づく運営委員会に、第一次条例の指定社寺の総会の開催を申し入れ、同年一二月一〇日開催の同総会で、内容は第一次条例と同様で五年の時限税とし、名称を改め、単独条例とする旧税の構想を明らかにし、社寺側に協力を求めた。

(2) 社寺側は、翌昭和三九年一月一〇日、総会を開いて対策を協議したが、第一次条例制定の経緯からして延長には反対である、文化財保護の面で被告市に協力するのはやぶさかでないことを決め、清水寺ら五寺を社寺側の代表として、被告市との交渉に当たることとした。

そして右代表の五寺は、被告市に対し、第一次条例には京都市長の懇請もあつてまげて応じたのであり、課税の延長には応じられない、文化財保護に必要であれば社寺側は寄付をする用意がある旨申し入れた。

(3) 社寺側も、当初は、昭和三一年のような混乱を避けたいとの意向から、できる限り平穏裡に話合いによつて解決することを志向しており、同月二〇日、同月二七日、同年二月一四日と三回にわたり、被告市と社寺側との話合いの機会がもたれた。しかし、被告市側は、旧条例による旧税を五年の時限税とし再び延長しないとしたが、第一次条例制定の際、文化観光施設税を七年半の時限税としてそのことを条例の中に明記し、社寺側にも京都会館建設のための時限税であることを理由に協力を求めて、ようやく実施に漕ぎつけた事実をことさら無視して、旧条例について社寺側に協力を求めるだけであつたため、話合いは進展しなかつた。

(4) 被告市は、このように社寺側と形式的な話合いの機会をもつことによつて、社寺との話合いに努力したとの外面を取り繕いながら、その裏で、旧条例制定について自治省や京都府に根回しを進め、また、条例案の作成を進め、社寺側との実質的な話合いは何ら進展していないのに、同年二月二四日、旧条例の議案を市議会に送付し、同年三月二日、市議会に上程した。

同議案は、普通予算特別委員会に付託されたうえ、同月二五日同委員会で、同月二七日本会議で、いずれも賛成多数で可決され、旧条例が成立した。

(5) 社寺側は、同年二月二八日、指定社寺の総会を開いて旧税に絶対反対することを申し合わせ、妙法院等中心的な一一か寺の連名で高山市長に対し質問状を提出し、また、京都府や自治省への陳情活動を行い、さらに憲法学者を招いて、旧条例の違憲性についての勉強会を開催したりして、反対運動を強めた。

そして、社寺側は、旧条例が市議会で可決された後も、同年四月五日付で高山市長に対し、合計一一か寺の連名により旧税に絶対反対する旨の陳情書を提出する等、反対運動をさらに進めた。そのため、第一次条例の期限終了と同時に旧条例を施行するという被告市の当初の目論見は、一頓挫した。

(6) 被告市は、旧条例成立後、京都府知事や自治省に対して、旧税の新設を強く働きかけた。自治大臣は、昭和三九年六月五日付で、旧条例による旧税の新設を許可したが、その許可に当たつて、「文化保護特別税にかかる条例の実施に当たつては、関係者との連絡を密にし、その充分な理解と協力を確保することにより、本条例の円滑な実施を図るように努めること」との条件を付した。

(7) 被告市は、右許可直後の同年六月八日、原告清水寺をはじめとする九か寺と許可後第一回の話合いをもつた。被告市からは、松嶋助役、清水理財局長等が出席したが、社寺側の反対の意思は固く、「市は、すべて水に流して協力せよといわれるが、七年前の論議(注・憲法違反の条例である)は、終つていない。われわれは、条例とか法律以前の問題として宗教法人としての立場を問題としているのであつて、市は、宗教法人としてのわれわれの立場には理解がない」、「われわれの方では、一木一草に至るまで宗教施設と考えており、市長の観光という対立した見解は、未だ了解していない」など強い反論がなされた。

(8) 市議会総務経済委員会で、同年六月一三日、それまでの経過の報告と質疑応答が行われたうえ、高山市長名で「本税の円滑な実施について社寺の方々の理解とご協力をひとえにお願い申し上げるのみでございます」との協力要望の正式文書を社寺あてに送付したい旨が報告され了承された。高山市長は、これを受けて、直ちに同日付で右懇請状を社寺あてに発送した。しかし、社寺側は、同年六月一六日、会合をもち、反対の意思を固めた。

第二回の話合いが、同年六月一七日なされた。被告市からは、松嶋助役、清水理財局長らが出席したが、その際、社寺側から種々の質問が出されたため、被告市は、市の基本的態度を示すことによつて回答する旨約束した。

また、高山市長の社寺側に対する旧税実施の協力を懇請する文書(懇請状)が、同年六月二三日、被告市理財局から社寺側に手渡された。この懇請状は、社寺備が同年三月二〇日に出した「時限税はその名題を変えることにより何時でも継続できるものかどうか」との質問に対する回答であつた。

被告市は、この懇請状で、「本税は、……京都会館の未償還金等を多くかかえている本市の財政事情に鑑み……ご迷惑なことは重々承知しながら、今後五年間に限り、貴寺の市政へのご理解とご協力をお願い申しあげるものであります。したがって、本税によつて得た貴財は、年々消失することなく、文化財修復資金に積み立てるとともに、こうした税を再び延長しない態度を明らかにする」として、明確に旧税を今後五年間限りとして、再び延長しないことを約束した。

(9) このような被告市の意向を受け、社寺側と被告市との間で、同年六月二六日、第三回の話合いがもたれ、さらに同年七月六日、市議会文教観光委員会で、旧税に関する社寺との話合いの経緯が報告、了解された後、同日、両者の第四回の話合いがもたれた。

高山市長は、第四回の話合いで、口述書を寄せ、「本税創設の経緯その後の進め方において、関係社寺の方々と十分な協議を尽すことに欠けたうえに、ご協議の過程におきまして、この点につき特に存念を尽さざるところがありましたことは、私ども深く遺憾の意を抱くものであります」と今までの被告市のとつた態度を反省し、「本税の実施に当たりましては、社寺の宗教法人としての特性に鑑み、自主性を重んずることはもちろん、社寺側のご意見を十分尊重して、市政がそれと一体になつて所期の実を挙げることに努力を傾注する所存である」から、「ご迷惑ながらも今後五年間に限りまげてご協力を賜りますよう重ねてお願い申し上げます」と五年限りの協力を再度要望した。

(10) このように、被告市が従前の経緯について反省を示し、旧条例の実施に協力を求める懇請を行い、また、旧税は五年間の時限税として延長しない旨の言明をしたことから、社寺側も、同年七月一三日、被告市及び高山市長の苦しい立場を理解し、この紛争を解決するため、旧税は、文化観光施設税と同様、憲法上の疑義があるが、市民への責任も考え、大乗的見地に立つて基本的実施には協力することにした。

しかし、社寺側は、文化観光施設税の終了時に被告市に裏切られた苦い経験から、実施期限(五年間)を延長しないと被告市が文書で確約することを条件としたため、被告市は、これに対する被告市の方針として、次のとおりの「文化保護特別税の実施に当たつての基本方針」を正式に決定し、これを文書としたうえ、社寺側に提案した。この基本方針は、同年六月一七日の第二回の話し合いにおける社寺に対する被告市の回答の履行でもあつた。

文化保護特別税の実施に当たつての基本方針

京都市文化保護特別税の実施に当たつては、市は社寺の宗教法人としての特殊性を尊重することを基本的態度とし、これが実施運営については、とくに左記の点に留意することによつて所期の実を挙げるべく努力いたしますので、社寺におかれても、同条例の適正円滑な施行についてご協力願います。

一 本条例三条中、「市長が定める」という表現は、内容の制定を規則に委任するという意であり、この規則の内容制定に当たつては社寺の意向を十分尊重して定める。

二  本条例実施の過程において生じた疑義または運営上の不都合な点については、両名の協議によつて速やかに修正の措置を講ずる。

三  社寺から本税の特別徴収義務者として、当該社寺に関係する経理責任者を指定するよう申し出たときは、市はこれを認める。

四  本税の徴収によつて得た財源の使途については、可及的に文化財の保護費に充てるほか、これの使途及び管理運営の方法等については、社寺の意見を尊重する。

五  本条例の実施につき、市と社寺と協議する必要があるときは、関係社寺の代表者と市の関係者からなる運営委員会で、協議の上決める。

六  文化保護特別税の期限は、昭和三九年九月一日から五年間限りとし、期限後においてこの種の税はいかなる名目においても新設または延長しない。

このように被告市の右基本方針は、右一項ないし六項について確約をするから、社寺側としても、旧条例の適正円滑な施行について協力されたいというもので、この紛争を解決するための被告市の契約の申込みに当たるものであつた。

(11) この申込みを受けた社寺側は、被告市の書面による契約申込みを受諾することとし、その結果、同年七月二六日、原告ら代表者一一か寺と、被告らとの間で、本件覚書(甲第一号証)が作成された。高山市長は、この際、被告市の代表者として、かつ、被告市の機関である行政庁すなわち被告市長として、本件覚書に調印したのである。

本件覚書は、前文に、「京都市文化保護特別税の実施に当たつては、社寺は市の同条例の適正円滑な施行について協力し、市は社寺の宗教法人としての特殊性を尊重することによつて、所期の実を挙げるべく、市と社寺との間に左記の事項をとり決める」とし、さらに、被告市の申込みである右基本方針を了解するものとして左記の条項を定めている。

一 本条例三条中「市長が定める」という表現は、内容の制定を規則に委任するという意であり、この規則の内容制定に当たつては、社寺の意向を十分尊重して定める。

二 本件条例実施の過程において生じた疑義または運営上の不都合な点については、両者の協議によつて速やかに修正の措置を講ずる。

三 社寺から本税の特別徴収義務者として、当該社寺に関係する経理責任者を指定するよう申し出たときは、市はこれを認める。

四 本税の徴収によつて得た財源の使途については、可及的に文化財の保護費に充てるほか、これの使途及び管理運営の方法等については、社寺の意見を尊重する。

五 本条例の実施につき、市と社寺と協議する必要があるときは、関係社寺の代表者と市の関係者からなる運営委員会で協議の上決める。

六 文化保護特別税の期限は、本条例適用の日から五年限りとし、期限後においてこの種の税はいかなる名目においても新設または延長しない。本件覚書は、六項の期限が「昭和三九年九月一日」とされていたものを「本条例の適用の日」とした以外(これも実質的には同じであるが)、被告市の前記基本方針と同一である。

本件覚書の原案(条項は本件覚書と同一)は、同年七月二〇日、被告市理財局主税課税制係の職員によつて起案された。本件覚書案については、「一一寺院との文化保護特別税の実施に関する覚書の交換について」との件名で、「覚書案を同年七月二六日に交換してよろしいか」との伺いが同年七月二一日にされ、同局主税課の税制係長、税収係長の決裁、同課課長の決裁、理財局次長、同局長の決裁、松嶋、高橋、福武の三助役の決裁を経て、高山市長の決裁がなされた。こうして、本件覚書は、被告市の内部決裁手続を経て、同年七月二六日、調印されたのである。

(12) 社寺側と被告市との最終の懇談会は、昭和三九年七月二八日、京都ホテルで、社寺側の代表の二六か寺、被告市から高山市長、松嶋、高橋、福武の三助役、清水理財局長、石堂観光局長が出席して開催された。社寺側からの経過報告の後、清水理財局長が、「文化保護特別税の実施に当たつての基本方針」を再度説明し、社寺側代表者もこれを了解した。

また、高山市長は、この席上、「新税が憲法違反であるかどうかについて疑義をもたれたり、また、こうした税の徴収には、宗門の立場から異論のあることは考えられますが、失われていく京都を守る必要から、あと五年間に限り、ご協力をお願いしたい」と発言し、旧税に憲法違反の疑いのあることを認めていた。

(13) 市議会総務経済委員会では、同年八月二七日、理財局から、社寺側との折衝経過と「文化保護特別税の実施に当たつての基本方針」が報告され、同委員会は、これを承認した。そして、被告市は、同年九月一日から旧税の徴収を開始した。

さらに、市議会の摘録によると、同委員会では、清水理財局長から、「円満に話合いがまとまり九月一日実施する。運営委員会が発足し、六人の構成員で運ぶこととしたが、向う五年間実施に当たつての市の基本方針を示して、全社寺の協力を求めた」との報告がされている。

(14) まとめ

① 契約の成立と当事者

ア 本件覚書は、原告ら社寺の代表者と被告らとの間でされた契約である。したがって、原告らに対し、その効果は帰属する。

被告市が当事者であることは、本件覚書の書面の形式、本件覚書の締結の前後にわたつて助役、理財局等の被告市の職員が交渉に当たつたこと、市議会における十分な質疑と審議と了解のうえでなされたこと、理財局、助役、市長の決裁を経て本件覚書が調印されていること、以上のことから、明らかである。

イ 仮に、本件覚書に署名した一一か寺が原告らすべての代表者ではないとしても、少なくとも、旧税の指定社寺三二か寺の代表者であるといえる。したがつて、本件覚書は、少なくとも、旧税の指定社寺三二か寺の代表者と被告らとの書面による契約であり、その効果は、右三二か寺に帰属する。

ウ 仮に、そうでないとしても、少なくとも、本件覚書に調印した一一か寺にその契約の効果が帰属する。

エ また、本件覚書締結後の昭和三九年九月二八日、京都ホテルでの最終懇談会で、高山市長出席のもとに被告市からも旧条例の適正円滑な実施について協力方を願う旨の前記基本方針が説明され、出席の二六か寺はこれを承認したから、ここに、前記基本方針を内容とする口頭の契約がなされた。

さらに、最終懇談会で、高山市長出席のもとに被告市は、前記基本方針を発表したから、ここに他の原告らに対しても被告らによる確約がなされた。そうすると、原告らすべてに本件覚書あるいは前記基本方針による契約及び確約の効果が帰属する。

② 契約の内容

右契約(確約)(以下本件契約(確約)という)は、旧税をめぐる一大紛争を解決するため、社寺側が、全面的に五年間旧税の特別徴収その他旧税の適正円滑な施行に協力し、被告らが、旧税について期限を五年とし、期限後はいかなる名目でも新設または延長をしないことを内容とする双務契約である。

③ 当事者の認識

本件覚書は、被告市、高山市長の旧条例の適正円滑な実施に協力を願う旨の前記基本方針の書面による申込を原告ら代表者が受諾して締結されたものであり、また、最終懇談会でも被告市当局から本件覚書の内容と同一の前記基本方針が説明され、原告ら代表者も了解したのであつて、被告市、高山市長も、このような契約は有効と考えていた。

原告らは、地方自治体の長である高山市長の二度にわたる懇請や、地方自治体である被告市からの前記基本方針による申込みと、当局による説明を受けたうえで、これらを深く信頼して本件覚書をかわし、また、前記基本方針を承認したものであつて、これらの契約及び確的としての有効性についても、深く信頼し、これらが無効なものであるなどとは考えなかつた。

(三) 旧税の終了の経過

(1) 旧税の徴収は、昭和三九年九月一日から始まり、五年後である昭和四四年八月三一日に終了することと定められた。

昭和四二年二月に就任した富井清市長は、昭和四三年七月三一日、記者会見で「文化保護特別税の実施に当たつて、五年間の期限後は継続しないとの約束が関係社寺との間でかわされていると聞いている。したがつて、税の継続は考えていない」と、本件覚書の有効性とその法的拘束力を認め、同種の税の新設、継続を一切否定した。右記者会見は、東大寺が奈良県に対し奈良県文化観光税条例等の無効確認を求めた訴訟について、奈良地方裁判所が同月一七日判決を下した直後の時期であつた。

さらに、当時の山本理財局長は、同年一二月一二日、市議会普通決算特別委員会で、「文化保護特別税は来年八月に期限が切れるが、期限後も何らかの形で続けるか」との質問に対し、「税金としては徴収することはできないし、自治省もこれを税金として認めないであろう」と答弁した。

また、同局長は、昭和四四年三月一三日、市議会普通予算特別委員会で、「文化財を守るために、期限が切れたあとの財源措置をどうするか」との質問に対し、「文化保護特別税は条例による期限立法であり、期限がくれば税金という形で押しつけることはできない」と明言した。

被告市は、同年七月二四日、富井市長名で社寺に対し文書で通知をしたが、この文書には「さて、貴台はじめ関係社寺各位の格別のご協力により昭和三九年九月に発足いたしました本市の文化保護特別税は来る八月末日をもつて所定の期間を終えることとなりました。」と述べられており、富井市長は、昭和四四年七月三〇日、記者会見で「これまで明言してきたとおり文化保護特別税を打ち切る」と述べた。

(2) 社寺側も、京都古文化保存協会の三崎良泉理事長(妙法院門跡)が、昭和四三年七月三一日、被告市のうち出した旧税の終了後社寺から「協力金」を徴収するという「協力金」構想に対して、「会としても、私個人としても、旧税の延長は考えていなかつた。現在の旧税が施行された時、当時の高山市長はわれわれとの間にこの税の期限(昭和四四年八月)が切れた場合はいかなる方法でも続けない、という文書を交換している。それにもかかわらず、たとえ協力金の名目にしても再延長するということは非常に困つたもので、かなりの困難が伴うと思う。富井市長が、高山市長とは立場の違う人であつても、高山市長当時とりかわした約束は守つてもらいたいと私は思う」と発言したことにみられるように、本件覚書の法的拘束力を主張し、税金はもちろんのこと「協力金」としての存続をも明確に否定した。

(3) 被告市は、本件覚書の法的拘束力を認め、「協力金」構想も撤回し、旧税の終了に向けて着々と準備がなされた。被告市は、昭和四四年八月一二日、京都市役所で、社寺三二か寺を招いて感謝式を行い、富井市長から各社寺に感謝状が渡され、同市長及び市議会議長とが、社寺の理解と協力に感謝の意を表明した。富井市長は、同年九月一二日、「文化保護特別税を終えるに当たり」という市長談話を発表し、この中で、「昭和三九年九月に創設された文化保護特別税は、去る八月三一日に五か年の期限がきて終ることになりました。……ここに納税者の皆さんに深く感謝しますとともに、税の徴収に当たつて一二年余の長きにわたりご理解ある協力を賜わつた指定社寺に、厚くお礼申し上げます」と述べた。

このように、被告市では、代表者である市長はもちろんのこと理財局長をはじめとする当局も、本件覚書の法的効力と法的拘束力を認め、五年後の旧税の期限切れに際して、同種の税の新設及び継続をしなかつた。

さらに、被告市も、代表者である市長も、昭和四四年に終了した後本件条例までの一四年間、一切同種の税の新設はもちろんのこと、その新設の企てすら考えてこなかつた。

原告らも、被告市を深く信頼し、このような態度を当然のことと考えていた。

3 本件条例の制定

(一) 被告市は、昭和五七年六月ころから、財政収支の悪化を理由に本税の構想を検討し始め、同年八月、文化財保護及び文化観光都市整備等の新税構想と称して、これを発表した。

右構想は、条例で定める社寺の所有及び管理する文化財を観賞する者に対し、その観賞行為に課税し、また、同税については社寺を徴収義務者に指定し、社寺に徴収義務を負わせる、というものであり、まさしく文化観光施設税及び旧税と基本的に同一であつて、「この種の税はいかなる名目においても新設または延長しない」と定めた本件契約(確約)六項二文に、正面から違反するものである。

(二) 原告らは、同年八月二日から京都府仏教会に結集し、同会を窓口として、被告らと交渉に当たつた。原告らは、被告らに対し、本税が信教の自由を侵す違憲なものであることを指摘するとともに、これが本件覚書に違反する重大な背信行為であることを指摘してその撤回を迫つた。しかし、被告らは、原告らに対して、本件覚書に違反する点について何ら明確な回答をしないまま、原告らの本税撤回要求を無視し、一方的に右構想を推進した。

(三) 被告市は、昭和五八年一月、本件条例の議案を決定し、被告市長は、同月一八日から開催される市議会に、これを上程しようとした。そこで、原告らは、同月八日、京都地方裁判所に、被告市長を相手方として、古都保存協力税条例案提出禁止の訴等(昭和五八年(ワ)第一二号事件ほか)を提起したが、被告市長は、同月一八日、右裁判が係属中にもかかわらず、市議会へ上程した。市議会は、同日、審議のため委員会にもかけず、また議会でも、実質的な審議を一切省略したまま、これを可決し、本件条例を制定した。

4 本件条例の無効原因

(一) 憲法違反

(1) 憲法二〇条一項前段(信教の自由)、後段(政教分離の原則)違反

本件条例は、甲原告らの所有及び管理する有形文化財を有償で観賞する者に対し、本税を課税することを定め、また、甲原告らを本税の特別徴収義務者に指定することにより、甲原告らに本税の徴収義務を負わせることを定めている。

しかし、本件条例は、信教の自由を侵し、憲法二〇条一項前段に違反し、かつ、同法二〇条一項後段に定める政教分離の原則に違反する。

① 宗教施設拝観に対する課税は、宗教行為そのものへの課税であり許されない。

ア そもそも寺院の所有及び管理する文化財といわれるものは、各寺院の宗教施設そのものであつて、人間の宗教的活動の結果として、宗教的目的をもつて作り出されたものであり、宗教を広く人々に、また後の時代に伝えることを目的とするものである。すなわち、寺院の所有する仏像、仏画、仏具、建造物、庭園等の有形的施設は、もともと信仰の対象そのものとして、あるいは僧俗の信仰行為の場として、ないしはその附属施設として宗教的雰囲気をたかめるためにそれぞれの寺院に設置されたものである。それらのうちには、時代を経るに従い、宗教施設であると同時に文化財的価値をも具有するものがあることは、事実である。しかし、現在の我が国の国民の大多数が死者の祭祀として仏教的儀式を行い、家に仏壇を置き、寺詣りをするなど仏教信徒であり、かつ、寺院もこれに応えて各種の宗教行為を行つている現状からすると、寺院の諸施設が、たまたま文化財的価値をも具有するからといつて、その本来の宗教的性格を喪失したとは、到底考えられない。

これらの諸施設は、本来の目的どおり、宗教目的に捧げされた宗教施設性を本質的性格(宗教財ともいう)とし、付随的に文化財的側面をも具有している場合があるにすぎない。

イ これら宗教施設を公開することは、信者に対しては、宗教的礼拝の場を提供することであり、信者高外の右宗教施設に参詣する者に対しても、宗教的雰囲気に触れ、宗教的やすらぎを与え、宗教の精神に触れさせる契機となる。また、寺院に参詣する人々の大部分は、仏像などを礼拝しその他の宗教施設を拝観することによつて、宗教的雰囲気に触れ宗教的やすらぎを得る目的と、付随的に文化財としての観賞目的とを混在させて参詣しているのであつて、博物館で単に文化財を観賞することとは根本的に異なる。すなわち、これらの者が宗教施設に参詣すること自体が、宗教行為といわざるをえない。

ウ 本税は、本件条例の文言上、文化財の観賞行為を課税対象とする体裁をとつているが、以上の混在性が否定できない以上、本税を課することは、まさに宗教行為に対する課税を行う以外の何ものでもない。したがつて、本税が果す実際的機能の面から判断して、本件条例が宗教行為規制立法であることは否定できない。

憲法二〇条一項前段は、国民に信教の自由を保障しているが、寺院が宗教施設を公開し布教をすることや参拝者が公開された宗教施設に参詣し宗教の精神に触れることが、ともに憲法二〇条一項前段に定める信教の自由に含まれることは、いうまでもない。

したがつて、本件条例は、甲原告ら社寺及び参詣者の信教の自由を侵し、憲法二〇条一項前段に違反することが明らかである。

② 仏教における宗教施設の重要性

ア 世界における普遍的宗教の一つとしての仏教は、開祖が釈迦であるが、釈迦は、人間存在における根源苦からの解脱を求めて悟りを開き、この悟りを人々に伝えた。ここから仏教が始まる。

仏教は、人間中心の宗教である。キリスト教のように世界の創造主、人間を超越した神の存在を考えない。仏教は、釈迦が自然の中で自ら悟つた不滅の真理たる法(ダルマ)を具現したものである。

イ 仏教の目的を実現するためには、必ず一定の宗教的行動が必要とされる。

仏教上の宗教的行動は、人間個人が自らの悟りの境地に至らしめうる環境の中で、自ら悟りを開かせようとすることである。そして、この悟りのための環境ないし条件づくりとして設備されたのが、人的組織としての教団(サンガ)であり、物的設備としての寺院などの宗教施設である。

仏教における宗教的行動は、内行動としては宗教体験と宗教的思惟があり、外行動は宗教的行為としてあらわれる。寺院参りは、宗教的行動と密接な関連をもつ。すなわち、

一般人が寺院の山門をくぐり、本堂、仏像、庭園、境内に参る行為は、仏教における宗教的行動の中心であり、仏教における宗教的態度、信仰体制において重要であり、不可欠な行為となる。つまり、寺院がその宗教施設を一般参詣者に公開し、目で観賞させ、その空気、雰囲気に触れさせることは、一般参詣者を仏教に接近させ信仰心を抱かせるきつかけとなる重要な行為であつて、優れて宗教的行動である。むしろ、布教の本質的行為とすらいつても過言ではない。したがつて、ここでは、一般参詣者がどのような目的で寺へ参詣に訪れたかは大して問題でなく、それが、信心による宗数施設への参詣であろうと、文化財の観賞であろうとかまわないし、信者であるかそうでないかは、関係のないことである。とにかく、宗教施設を公開し一般参詣者の目に触れさせること自体が、少なくとも仏教においては重要な宗教的行動となる。

ウ この宗教施設を単に文化財と定義することは、仏教の特質を完全に誤るものである。

宗教施設は、宗教目的をもつて作り出された宗教財である。その宗教財には、聖典(経典)、儀礼形式、宗教美術、宗教音楽、宗教建築や宗教行為の行われる舞台や舞台装置の道具立て(霊山、山、滝など)及び性質上常に宗教的価値と結びつきやすいクリスマスツリー、門松、墓などがある。

甲原告らの寺院施設は、歴史的には釈迦の仏舎利(仏骨)を祭つた塔が中心であつたが、それが、次第に仏像を祭つた金堂(本堂)や教典を教える講堂中心へと推移してきた。古来は、呪術的な霊験力を求めて舎利を祭つたが、仏像彫刻の発展に伴つて、それが仏像に変わつた。そして、それを安置するにふさわしい建物が建築、配置された。もつとも、宗派によつては、仏像や建造物よりも庭園や池を重要な宗教施設とするものもある。禅宗系の寺院では、釈迦の説いた教えのほかに、信者自身が自然に向つて坐禅を組んで悟りを開こうとしたため、寺院の庭園や池に仏の世界を具現した。それゆえ、庭園の作庭にいろいろな思考がめぐらされて、建造物よりも立派な庭園が宗教施設として建造されている。

そして、これらの宗教施設は、いずれも僧侶ないし宗教者によつて築造され、維持、運営されてきた。

別表(1)、(2)は、庭園や池が宗教財として仏教の特質から必然的に生じたものである。

さらに、人々が宗教施設で礼拝する場合、寺院側では、献花、献燈等の準備をして参詣者の礼拝を待つ。参詣者は、準備された宗教施設の中で献花、献燈等を行い、仏に向つて合掌するのである。

このように、寺院では、宗教儀式をも営みつつ、仏像や建造物、庭園等は、すべて仏教という宗教の実践と布教のための必須の宗教施設なのである。

③ 宗教施設の拝観に対し、公権力により、その宗教性排除の判断をすることは許されない。

ア 本件条例は、寺院の庭園等宗教施設が文化財であり、拝観行為が文化財観賞行為であるとすることによつて、それらの施設の宗教性、甲原告ら寺院に対する一般参詣者の拝観行為の宗教性を積極的に排除した判断を前提としている。しかし、公権力による一般的かつ積極的な宗教性排除の判断は、信教の自由、政教分離の原則から許されない。

イ 宗教財である寺院の庭園は、文化財としての側画をもつことは否定できない。国が、文化財の保護の観点から、宗教施設に対し非宗教的文化財と同様の条件で補助する場合、公権力が一定の基準を立てて文化財か否かを判断することは、承認しなければならない。しかし、このことは、公権力が、その宗教性の有無の判断にまで立ち入つてよいということを意味しない。文化財保護における文化財判断では、宗教性の判断は加味されないか、加味されるとしてもあくまで文化財判断に付属した判断にとどまるべきである。

文化財保護における判断に当たつては、あくまで財それ自体の文化的側面が問題とされているのに対し、本税では、観賞という人の行為が問題とされている点で、根本的に異なつている。

ウ 宗教法人法による宗教法人設立の際の規則の認証に当たつて、所轄庁は、「当該団体が宗教団体であること」の要件を備えているかどうかを審査するにとどまる。もし、宗教性自体の判断に立ち入るならば、やはり国家権力が宗教とは何かを決定することになり、宗教の国定化を招く。宗教法人法の趣旨は、宗教活動の基盤である礼拝の施設その他の「財産を所有し、これを維持運用し、その他その目的達成の業務及び事業を運営することに資するために、宗教団体に法律上の能力を与えることを目的とする」ことにある。

これに対して、寺院の庭園等の宗教施設を拝観させる行為または拝観する行為は、宗教行為ではなくて、文化財の観賞行為であるとすることは、寺院の庭園の宗教性、寺院と拝観者の行為の宗教性を、公権力の判断によつて排除しようとするものである。このような積極的宗教性排除判断が許されないことは、明白である。

ところが、本件条例では、この宗教性排除判断がなされているのである。すなわち、宗教財の拝観行為そのものに対して課税するという条例の性質それ自体がそうであり、また、本件条例五条一項一号で「勤行、読経、供養等信仰のために参詣する信者で別に定めるものが対価を支払わないで行う文化財の観賞」を非課税としていることにみられる。ここでは、対価を支払うこととされている宗教施設に接する者はすべて文化財観賞者であるという論理を前提に、対価を支払わない信者の行為であつても、文化財と認定されたものに接する行為は、いわば課税されない文化財観賞行為に無理やりされてしまつている。

仮に、文化財の側面、観賞の側面、対価の側面にのみ着目したとしても、状況は変わらない。その側面に着目して許されるのは、他の側面、すなわち宗教的側面を害しない行為でなければならない。しかし、本件条例は、文化財の側面に着目して、それに接する行為はすべて観賞行為であり、対価を支払えば、信者の行為であつてもその宗教性を排除して課税するのであるから、信仰行為に対して本税の負担を課して、これを制限するものといわざるをえない。

また、右の本件条例五条一項一号は、信者のうち「別に定めるもの」の拝観行為のみを非課税としているが、次項で述べるように、信者のうち課税される者と課税されない者の区別を市長が別に定めること自体が、宗教に対する公権力の介入そのものであり、さらに「別に定めるもの」に含まれない信者は、いかに宗教心が厚くても、また、拝観時に対価を支払わなくても、その拝観行為は宗教行為とされず、単なる文化財観賞行為とされてしまうことになるのであつて、著しい宗教性排除判断がなされているのである。

エ 宗教財の拝観行為を、すべて文化財の観賞行為とすることはできない。

本件条例二条によると、文化財とは、「社寺等の敷地内に所在する建造物、庭園その他の有形の文化財で、拝観料その他何等の名義をもつてするを問わず、その観賞について対価の支払を要することとされているもの」とされている。

寺院の境内に入り、そこにある仏像、建造物、宗教的意味をもつて構成された庭園に接する行為は、仏教では、一般参詣者を仏教に接近させ、信仰を抱かせる契機となる重要な行為であつて、それ自体優れて宗教的な行為とされている。参詣者の側からみれば、その主観的意図は様々であろう。しかし、そこに程度の差はあれ宗教心をもつて仏像、建築物、庭園等に接する者が存在することは、何人といえども否定できないはずである。観光バスで一団となつて参詣するから、観光目的であつて宗教目的をもたないということはできない。そうすると、参詣者の支払う拝観料は、信仰とかかわつて提供する自己の財物であつて、その名称が拝観料であるか、お布施であるか、あるいは喜捨であるかは問題ではない。しかもその拝観料は、大部分宗教施設の維持、運営に当てられている。

以上みてきたように、観賞や対価の支払が宗教的性格をもつとすると、それを、博物館や、美術館におけると同様に宗教性のない純然たる文化財の有償観賞とすることはできない。宗教心の強弱を問題にし、その弱い者は純粋観光ないし文化財観賞者とする見解は、正しくない。したがつて、本件条例によつて宗教行為に課税されることになる者は、決して少数者ではない。その意味で、少数者の権利、自由のみが問題になつているわけではない。そのうえ、積極的宗教心をもつて接する人が存在することは厳然たる事実である。そうすると、それらの宗教施設に対価を支払うという一事をもつて、これらの者を純粋観賞者とみなし、その宗教性の強権的排除に基づいて課税するのは、積極的信者という意味での少数者に対し、少数者の宗教行為は、宗教行為に非ずとする公権力の見解を押しつけるものといわなければならない。

④ 本件条例は、公権力によつて人の内心の問題である信仰について判断を許し、また、公権力に人の内心の告白を強制する権限を与える違憲なものである。

ア 信者の信仰行為に課税することは、信教の自由を侵す違憲なものである。それゆえ、本件条例五条一項一号は、信者に対する課税を免除することにしている。

勤行、読経、供養等信仰行為の中には、対外的表象行為としてあらわれるものもあるが、多くは、内心のものである。したがつて、これが外部行為から判断して類型化することに親しまないものであることはいうまでもない。ところが、本件条例は、被告市長に信者、非信者の区別の判断権を与えている。しかし、被告市長がこれに立ち入ることは不可能である。仮に、立ち入るとしても、それが精神的自由にかかわることになるのは当然で、違憲の問題が生じる。

被告市長が、勤行、読経、供養等の外形的行動から判断しようとすると、宗教的行為の宗教性、非宗教性を被告市長自らが判断することになり、これが政教分離の原則に違反することはいうまでもない。

イ 次に、本件条例一四条は、観賞者に半券呈示義務を課している。半券を呈示した者は、本件条例の全体構造からみれば、宗教行為でなく文化財の観賞行為とみなされるのであるが、信仰行為の一環として拝観しているものをそのようにみなすこと自体、内心の問題に介入することになる。半券を所携しないものは、徴税吏員に対し、信者であることを何らかの方法で証明しなければならない。これこそ宗教的信条の告白を強制するものであつて、信教の自由を侵すことは明白である。

⑤ 憲法二〇条一項の保障する権利は、重要な基本的人権である。

ところが、本件条例は、信仰心をもつて寺院の仏像や庭園に接する者でも対価を支払う者はすべて文化財の観賞者とみなして課税しようとするのである。

しかし、憲法二〇条は、宗教上の行為の自由を保障しており、仏教の特質に鑑み、一般参詣者が宗教施設に入り宗教体験、宗教的思推をするためのきつかけを得ること、そして、寺院がこれを与えることが、外的圧力、権威によつても妨害されない憲法的保護を受けていることは、明らかである。そうすると、この憲法違反の態様は、信教の自由に対する回復し難い侵犯となる差し迫つた状況にある。

ア 人権の保障と民主主義、多数決

そもそも基本的人権という観念は、人間一人びとりに固有の価値を承認し、たとえ民主的に組織された国家権力をもつてしても奪う乙とのできない領域を保障する。そして、このことは、とりわけ精神的自由の領域についてあてはまる。精神的自由においては、少数者の主張であれ、これを思想、表現の自由として徹底的に保障することが、とりもなおさず民主主義政治体制を維持し発展させるため必要であるとされてきた。精神的自由の一環をなす信教の自由は、この多数決によつても奪うことのできない自由である。

イ 信教の自由の制限、侵害態様の問題

宗教行為に対する課税は、信教の自由の侵害になる。

精神的自由は、個人の尊厳と民主主義社会の基礎をなすものとして、その制限に当たつては、厳しい基準に適合するものでなければならない。信教の自由もその例外ではない。したがつて、宗教行為に対する課税は、許されない。すなわち、

信教の自由は、内心の自由の一つであるとしても、それにとどまらず、布教行為の自由が表現の自由として、宗教団体結成の自由が結社の自由として、内心の自由それ自体とは区別される諸々の自由の形でも保障されることは、いうまでもない。したがつて、それに伴う制約はありうる。しかし、宗教行為自体について、租税負担、納税という憲法で定められた国民の義務の履行をあえて要求していないのは、それば、優れて、人間の内心のかつ良心の問題にかかわつているからである。宗教行為、信仰行為は、それ自体が良心の営みなのであつて、それに課税することは、いうなれば、心に課税することとなり、いかなる形にせよ拘束を受けない絶対的自由としての内心の自由を束縛することになる、その意味において、課税からの自由は、信教の自由の本質的一環をなすものといえる。

内心の自由としての信仰は、いつたむ侵害されると、回復する主要な手段がない。仮にいつたん信仰行為に伴つて納付した租税が、後に違憲、違法と判断されて返還されたとしよう。これも一つの救済手段ではある。しかし、信仰という内心の営みを、租税を支払つて行つたという事実は、消えるわけではない。さらに、多くの人が参詣する寺院において、後の返還を予想して一々その住所、氏名を記録するなどということは全く不可能であるから、違憲、違法とされたときでも、主要な救済手段のない付随的な救済手段としての返還も、事実上ありえないわけであつて、その点からも、侵害からの自由の回復の路は閉されている。

ウ 本件条例は、今日の日本の宗教的状況の一つの特徴的側面、すなわち信仰心の希薄化をとらえて、宗教施設(宗教財)に接する行為はもはや宗教行為ではないと、公権力が、多数の名のもとに一方的に断定することによつて、国民と寺院の宗教的な結びつきを否定し、信教の自由を積極的に保障する道を自ら遮断して、国民の宗教性の希薄化を一層促進するものといわざるをえない。国家は、国民の自発的な宗教行為、信仰が、なにものにも妨害されることなく行われる状況を保障することこそが必要である。宗教性が希薄化しているから、少しは信仰心で拝観する者がいても、全体としてもう拝観行為は宗教行為ではないとしてしまおうというのは、宗教を否定する公権力の行為といわざるをえないのである。

⑥ 本件条例は、宗教団体である甲原告ら社寺に対し税の徴収権を賦与するものであるから、政教分離の原則に違反する。

憲法二〇条一項後段は、同条三項、同法八九条と相俟つて、政教分離の原則を定めている。

この政教分離の原則は、国や地方自治体に対し、特別に宗教団体に特権を与えることを禁じることはもちろん、その政治上の権力の一部を分担させることも禁じることにより、時の政治権力から宗教団体や国民の信教の自由を守ることを目的としたものである。この政治上の権力に、課税権の行使、特に税の徴収行為が含まれることは明らかである。

しかし、本件条例は、宗教団体である甲原告ら社寺に対し、被告市の課税権の一部である税の徴収権という政治上の権力を賦与し、税の徴収を義務づけるものであつて、憲法の定める政教分離の原則に違反する。

⑦ ところで、本件訴訟で、被告らは、原告らの釈明に答え、信者から本税を徴収することは憲法に違反すること、及び信者が対価を支払つて拝観する場合であつても、これに本税を課税することは憲法に違反することを認めた。ところが、本件条例は、

ア 信者については、すべてを課税免除としているものではないこと

イ 拝観料等を支払わない信者にも、別に定めるもの以外は課税されること

ウ 拝観料等を支払う信者すべてが、課税の対象とされており、これを課税免除とする方法がないこと

という内容があるから、被告らの見解によつても、本件条例が憲法に違反するものであることは自明の理である。

(2) 憲法一四条(法の下の平等)違反

① 法の下の平等

憲法一四条の定める法の下の平等は、国民が法上差別されないということで、立法、行政、司法いずれの機関も、国民を差別して取り扱うことを許さないのである。右規定は、法の適用の平等のみでなく、法の定立の平等をも含む。

法の下の平等は、国民の側からみると、法上差別されないことを公権力に対し主張しうることを内容とする権利であり、公権力の義務の側からみると、公権力は、法定立の面においても、法適用の面においても、法上差別的取扱いをしてはならないということである。

立法に当たつては、すべての人に対し、平等な権利が定立されなければならない。特定の個人や特定の集団を差別することは許されない。もつとも、差別的取扱いが法の下の平等原則に反しない場合がないわけではないが、それには、差別するだけの合理性(事実上の差異、正当な目的に基づく差別的取扱い、差別的取扱いの必要性、社会通念上許容できる範囲であるなど)を必要とする。

② 京都市内の社寺等のうち、本件条例の指定社寺の拝観者だけに課税することの平等原則違反

本件条例は、別表で、京都市内の社寺等のうち甲原告ら四〇社寺を掲げ、その敷地内の有形文化財の観賞者に対して本税を課することとしている。

そうすると、右四〇社寺の拝観者には課税されるが、その余の社寺等の拝観者には、本税は課税されない。同じく京都市内の社寺等の拝観者でありながら課税されたり、課税されなかつたりという明らかな差別的取扱いが定立されている。

右差別的取扱いは、その根拠も不明であるし、前述の合理性の有無を考えても、何ら合理性は見出しえず、平等原則に反する不合理な差別的取扱いの定立であり、違憲である。

③ 京都市内の社寺等のうち、本件条例の指定社寺だけに特別徴収義務を課すること等の平等原則違反

本件条例は、別表に掲げる甲原告ら四〇社寺に対して、特別に被告市の課税権の一部である税の徴収権という政治上の権力を賦与し、税の徴収を義務づけている。

そうすると、京都市内の社寺であつて拝観者を迎えながら、右指定四〇社寺は右権力を賦与され、かつ、特別徴収義務を課されるのに対し、その余の社寺等にはそれがなく、明らかに差別的取扱いが定立されている。

この差別的取扱いについて、何らの合理性はなく、平等原則に反する不合理なものといわざるをえない。

④ 以上の理由により、本件条例は、憲法一四条(法の下の平等)に違反する。

(3) 憲法三〇条、同法八四条、同法九二条(租税法律主義)違反

① 租税法律主義

ア 租税法律主義は、行政権が法律に基づかずに租税を賦課徴収することはできないとすることによつて、行政権による恣意的な課税を排し、国民の財産権が不当に侵害されることを防止するとともに、国民の経済生活に法的安定性と予測可能性を付与することを目的とするものであつて、憲法八四条は、租税法律主義の原則を明らかにしている。

イ 右租税法律主義は、その目的からして、法律に根拠のない命令、政令による租税の賦課は許されないし、課税要件のすべてと租税の賦課徴収手続(すなわち、課税の根拠、租税の種類、納税義務者、課税物件、課税標準、税率等租税債務の成立に関する課税要件でその他租税債務の変更、消滅に関する実体規定並びに納税の時期、方法等に関する手続き規定)は、正当な手続を経た法律によつて規定されなければならないという課税要件法定主義と、その法定の課税要件等の定めは、一義的に明確でなければならないという課税要件明確主義とを内包するものである。

② 租税(地方税)条例主義

ア 地方自治に関する憲法九二条、同法九四条に照らすと、地方公共団体による地方税の賦課徴収は、条例によつてその租税要件、手続規定等を定めることなしに租税を賦課徴収することはできないという租税(地方税)条例主義が要請されている。この意味で、憲法八四条にいう法律には地方税についての条例を含むわけで、地方税法三条一項は、「地方団体は、その地方税の税目、課税客体、課税標準、税率その他賦課徴収について定をするには、当該地方団体の条例によらなければならない。」と定めている。

イ 右租税(地方税)条例主義は、課税要件条例主義及び課税要件明確主義とを内包する。もつとも、課税要件条例主義のもとで、課税要件に関して、条例が行政庁による命令、規則に委任することが一切許されないというものではないが、その命令、規則への委任立法は、右主義の目的に照らし、他の場合よりも特に最小限度にとどめなければならない。

ウ 課税要件明確主義は、立法技術上の困難などを理由に、安易に不確定、不明確な概念を用いることを許されない。また、許容されるべき不確実概念は、その立法趣旨などに照らした合理的解釈によつて、その具体的意義を明確にできるものであることを要する。そして、このような解釈によつてその具体的意義を明確にできない不確定、不明確な概念を課税要件に関する定めに用いることは、結局、その租税の賦課徴収に課税権者の恣意が介入する余地を否定できないから、租税条例主義の基本理念に反し許されない。

③ 本件条例の文化財の定義について

ア 本件条例四条によると、本税は、文化財の観賞に対し、その観賞者に課せられる。

文化財について、本件条例二条は、「別表に掲げる社寺等の敷地内に所在する建造物、庭園その他の有形の文化財で、拝観料その他何らの名義をもつてするを問わず、その観賞について対価の支払を要することとされているものをいう」と定める。

右定義によると、文化財とは、別表の社寺等の敷地内の有形の文化財であること及びその観賞について拝観料等の対価の支払を要するものであることになる。

イ しかし、右定義は、課税要件の定めとして一義的に明確であるとはいえない。すなわち、

まず、社寺等の敷地内の有形の文化財といつても、多種多様であり、特定されない。たとえば、文化財保護法(二条に文化財の定義規定がある)の保護対象に該当する文化財もあれば、該当しない文化財もある。保護対象のうちにも、指定有形文化財もあれば、非指定文化財もある。また、京都府文化保護条例に基づく府指定有形文化財もあれば、京都市文化保護条例に基づく市指定有形文化財もある。また、右法や条例の定義とは異なる定義、異なる基準に基づく区分も考えられる。

このように、そもそも文化財とは、極めて多義的な概念であるから、有形の文化財と同語反復するのではなく、もつと積極的定義づけを施さないと、課税要件の定めとしての文化財の範囲は、何ら明確に定まらない。

ちなみに、第一次条例に基づく文化観光施設税では、その観賞に課税する観光財につき、別表で、具体的に、

「一、恩賜元離宮二条城

二、三千院の往生極楽院本堂、書院、庭園

三、寂光院の本堂、書院、庭園

四、慈照寺の銀閣、東求堂、庭園

(以下 省略)   」

という具合に定めていた。

旧条例も文化財を特定するため、右と同様の別表を掲げている。

少なくとも、これら別表程度の特定があつてはじめて、文化財の範囲が定まるから、右別表程度の特定のない本件条例は、課税要件の定めとして、一義的に明確とはいえない。

ウ 次に、観賞について拝観料等の対価の支払を要するとの定義も、課税要件の定めとして明確とはいえない。

社寺等の宗教的文化財の拝観料は、有料、無料に関係なく、それぞれの宗教的規律に従つた宗教行為であり、普通の博物館における文化財の観賞とは根本的に異なる。したがつて、拝観料等は、観賞についての対価といえない。

社寺等は、宗教の護持に当たり、檀家、門徒、信者その他不特定多数の人からお布施を受け入れ、これを宗教の護持、宗教施設の維持、管理の費用としている。このお布施は、対価というべき性格のものではない。拝観料等は、拝観者の便宜を考慮し、ただこれを相応な一定額に定めているだけであり、定額であるからといつて対価に転化するものではない。社寺等の宗教的文化財の拝観、拝観料等について、その宗教性を捨象して博物館の文化財の観賞、入場料と同じ観賞、対価と定めることは、課税要件の定めとして明確であるとはいえない。

エ さらに、本件条例は、憲法二〇条(信教の自由)との関係上、課税要件法定主義及び課税要件明確主義に関して、そもそも、宗教行為に課税するものでないこと、ないし非宗教行為に課税するものであることが、条文上一義的に明確でなければならない。

しかし、本件条例は、右にみたとおり、信教の自由に対する配慮に欠ける結果、課税要件の文化財の定義(物的側面)についても、観賞(行為的側面)についても、宗教行為には課税しないこと、非宗教行為に課税するものであることを条文上明確にしているとはいえず、この点でも租税条例主義(課税要件法定主義及び課税要件明確主義)に反している。

④ 課税免除について

ア 本件条例五条一項一、二号及び二項の課税免除は、本件条例二一条の委任規定と相俟つて、本税を課さないものをいずれも被告市長が定めることとしている。

イ しかし、租税法律主義に基づき、行政権の恣意的課税を排するため、命令、規則への委任立法は、他の場合より特に最小限にとどめなければならないもので、立法技術上の困難などの理由によるいわゆる白紙委任は、許されない。

ウ ところで、本件条例五条一項一、二号及び二項、二一条の規定は、いずれも、本税を課するかそれとも免除するかという最も重要な事項につき、被告市長にいわば白紙委任をしたものといわざるをえない。

エ 被告らは、本件条例五条一項一号の課税免除規定により、信者を除外しているから、信教の自由を侵さないと反論している。

しかし、本件条例は、対価を支払う信者にはすべて課税し、対価を支払わない信者については、被告市長が別に定める(白紙委任)もの以外の信者に課税するものとされているのであつて、信者を除外しているから信教の自由を侵さないという被告らの主張が事実に反するものであることは明らかである。

⑤ 税率について

ア 本件条例六条一項は、本税の「税率は、観賞者一人観賞一回につき五〇円とする」とし、同条三項は「観賞一回とは、社寺等ごとにその文化財を一回観賞することをいう」と定める。

イ しかし、一社寺にとつて、たとえば茶室と庭園のそれぞれにつき拝観料を受領するというように、数個の拝観料を要する場合が実際みられるが、このような場合、どのような税率が適用されるのか、本件条例からは明らかでない。

この点も、課税要件法定主義、課税要件明確主義に反する。

(二) 地方税法違反

本件条例は法定外目的税について定めたものであり、地方税法に違反し、違法である。

地方税法は、市町村が法定外普通税を創設することを認めているが、法定外目的税を創設することは認めていない(同法五条)。同法上、特定の経費を支弁する目的のものが目的税であり、一般的経費を支弁するものが普通税である。

同法は、道府県及び市町村の目的税として、自動車取得税、軽油引取税、入猟税などを挙げている(六九九条、七〇〇条、七〇〇条の五一、七〇一条、七〇一条の三〇)。

ところで、本件条例一条は、本税について、「本市固有の歴史的かつ文化的な資産の保存、整備等の施策の推進に要する費用等に充てるため……」という目的を定めている。そして、被告市長は、本件条例の議案を市議会に上程した際、本税収入の使途について、「文化財の保護、歴史的景観等の保全、観光道路及び駐車場の整備、芸術文化劇場、岡崎文化ゾーンの整備など……」と説明した。

本税の使途に関する表現は、地方税法が定める右目的税の目的の表現とほとんど変わらず、本税の使途は、最初から特定しているから、本税は、明らかに目的税である。したがつて、本件条例は違法である。

(三) 地方自治法違反

本件条例には、地方自治法上著しい法令違反があり、無効である。

(1) 原告らと被告らとの間には、前述のとおり、旧税と同種の税を新設しないという本件契約(確約)六項二文が成立しているから、被告らは、旧税と同種の税である本税を新設してはならない義務を負う。しかし、被告市長は、右六項二文に違反して本件条例の議案を市議会に上程し、被告市は、右六項二文に違反して本件条例を制定した。

ところで、一般に地方公共団体が制定した条例が、私人との契約に違反する場合、その一事をもつて常に条例の内容及び制定手続の違法をきたすものとはいえないとしても、その合意内容の拘束性の程度や違背の態様によつては、合意の一方当事者たる私人の信頼を裏切り、多大の不利益を被らせる結果となるから、その条例は、地方公共団体に本来要求される品位、公正さに鑑み、著しい信義則違反として、その内容及び制定手続上重大な瑕疵を帯び、無効というべきである(地方自治法一四条一項参照)。

本件条例は、前述のとおり、本件契約(確約)六項二文に違反するものであって、被告らには重大な義務違反があり、また、本件条例の制定は、本件契約(確約)の一方当事者たる原告らの深い信頼を裏切るだまし打ちに等しく、著しく信義則に反するといわなければならない。

したがつて、本件条例は、その内容及び制定手続上重大かつ明白な瑕疵があり、無効である。

(2) 本件条例には、多くの問題点があり、かつ、第一次条例、旧条例制定時の経緯からして、市議会は、本件条例制定に当たつて、これらの問題点、経緯等を十分理解したうえで、慎重に審議すべきであつた。しかし、市議会は、第一次条例、旧条例制定に際して、委員会付託をして審議しながら(特に旧条例制定の際普通予算特別委員会で二〇日間近くにわたつて審議がなされた)、問題点をより多く含む今回に限つて、本会議における一日だけの、しかも短時間の簡単な質疑応答だけで、採決を行つたのである。

本件条例の制定について、新聞紙上で論議を賑わせており、市民間で論争が激しくなされていた。このような状況にあつて、市民から付託を受けて議会運営をしている市議会は、当然、公聴会を開き、参考人らの意見を聴き、これらの論争に耳を傾けるとともに、市議会独自の立場で本件覚書制定の過程等について調査をしながら、十分な審議を尽すため、委員会付託をすべきであつた。

たしかに、京都市会会議規則三七条二項には、市議会の議決で委員会付託を省略することができることになつているが、これは、あくまで当該議案に問題点が少なく、かつ、容易に判断することができる軽微な議案について委員会付託を省略しうるとする趣旨であり、本件のように、市民等に対し負担を課する条例の制定という重要な議案について委員会付託を要しないとする趣旨ではない。

仮に、委員会に付託すべきかどうかは、市議会の裁量に属するとしても、地方自治法が委員会制度を設けた趣旨、前述のような市民間の論争の状況等からすると、委員会への付託を省略した市議会の議決は、裁量権を明らかに逸脱した違法がある。

したがつて、このような議決のもとにされた本件条例の制定手続には、重大かつ明白な瑕疵がある。

(3) 仮に、委員会付託をしなかつたことが違法でないとしても、委員会付託をしない場合の本会議での議事は、読会制により、提案理由説明、内容説明、総括審議、総括討論、逐条審議、修正案提出、全体の採決という順序でなされるべきところ、本件条例は、逐条審議を一切しないで採決されている。また、総括討論等も十分になされていない。

地方自治法九六条は、議会の権限として一定の重要な事件について議会の議決を要する旨定めている。右規定の趣旨は、住民の利害に大きく影響する事項について、議会の意思ひいては住民の意思を十分に反映させようとするものである。ところで、本件条例制定行為は、同条一項一号に該当する事項であり、まさに住民意思を十分に反映させるべき事項である。したがつて、その審議に当たつては、十分な資料をもとに、十分な時間をかけて慎重に審議されるべきである。

しかし、本件条例制定に当たつては、前述のとおり、十分な審議がされていない。このような市議会の行為は、まさに同条の趣旨、ひいては憲法九二条の地方自治の本旨に反するものであり、かつ、自ら市議会の権限を放棄するものである。

したがつて、このような市議会の行為のもとになされた本件条例の制定手続には、重大かつ明白な瑕疵がある。

5 本件条例の無効確認請求の予備的請求について

仮に、本件条例の無効確認請求が認められないとしても、甲原告らは、予備的に、無名抗告訴訟たる差止訴訟として、被告市に対し、本件条例の施行差止(さらに予備的に本税の新設禁止義務を負うことの確認)を、被告市長に対し、本件条例に基づく特別徴収義務者の指定処分差止(さらに予備的に右指定処分禁止義務を負うことの確認)を、それぞれ請求する。

(一) 行政事件訴訟としての差止訴訟は、行政処分その他公権力の行使に当たる行為によつて侵害されるおそれのある法益を守るため、その処分や行為をあらかじめ阻止することを目的とする訴訟であり、これを無名抗告訴訟として認めるべきであることは、多くの判例(最判昭和三〇年三月五日民集九巻四号四一一頁、最判昭和四七年一一月三〇日民集二六巻九号一七六四頁など参照)や学説が承認している。

甲原告らは、無名抗告訴訟たる差止訴訟が許容される要件について、第一次的には、事前であれ、司法審査に適するだけに紛争が成熟していれば足りることを、第二次的には、右成熟性のほかに、事後救済によつては回復し難い損害を生じる場合であることが要件として必要であり、かつ、それで足りると考える。

(二) 本件条例が少なくとも施行されると抗告訴訟の対象となることは、後述のとおりであり、特別徴収義務者の指定処分が抗告訴訟の対象となることも明らかである。

(三) 紛争の成熟性について

(1) 本件の争点は、具体的であり、かつ法的問題であるから、被告らは、その第一次的判断権を既に行使し終つている。

本件で、特別徴収義務者の指定処分がなされれば、これが取消訴訟の対象となる処分性を有するに至ることは、異論がない。ところで、その取消訴訟では、本件条例が、甲原告ら寺院の信教、布教活動の目由を侵すか、本税の徴収が政教分離の原則に違反しないか、本件条例が、本件契約(確約)の効力に違反して無効となるか、特別徴収義務者の指定を被告市長に委任することは、それを条例事項とする地方税法六八五条一項に違反しないか、本件条例は、租税法律主義(課税要件の明確性の原則)に違反しないか、本税は、目的税であつて、法定外普通税しか認めていない地方税法に違反しないか、本件条例の制定手続は、地方自治法に違反しないか、京都の寺院のうち甲原告らにのみ特別徴収義務を課するのは、平等原則に違反しないかなどが争点となり、それらが司法審査に親しむこともまた異論のないところである。

しかし、本件条例が施行されていない現段階でも、争点は、右の場合と何ひとつも変らないのであつて、それらは、すべて法的問題であり、本件条例が施行されたり、特別徴収義務者の指定処分があつてはじめて成熟するような論点、たとえば、納付すべき税額の争いといつたものは、全くない。そして、被告らは、右法的問題について、本件条例を違法ならしめる点は全くない旨を、繰返し甲原告ら及び市民に対して説明している。したがつて、本件条例と一義的に定まつている特別徴収義務者の指定処分の適法性に関する被告らの第一次的判断権は、既に行使されたか、少なくとも行使されたに等しい状況にあるのであつて、現段階で争つても、事後審査の原則を踏み出すことはない。

また、本件では、被告市長の提案した条例案がそのまま可決されたのであるし、再議の期間(地方自治法一七六条)も徒過しているから、本件条例の内容が変わることはありえないのであつて、この意味でも、被告らは、第一次的判断権を既に行使し終つたものといわなければならない。

また、法定外普通税の許可に条件がつけられることがあるが(地方税法六七一条二項)、仮に条件が付されるにしても、過去の例からみて、本件の争点を左右する程のものは想定されないから、このことを理由に、紛争の成熟性を否定することはできない。

したがつて、本件では、本件条例の公布前でも紛争の成熟性がある。

(2) 本件条例により甲原告らに処分がなされることは、確実である。

本件のように、議会の議決を経た条例が公布されずに凍結されているという事態は、極めて異常であり、本税には、法定外普通税の許可要件(地方税法六七一条)に触れるところはないから、被告らの怠慢、引延ばしさえなければ、今頃は、自治大臣の許可、条例の公布、特別徴収義務者の指定等、施行がなされていたことが確実である。しかも、自治大臣の許可がなくても、本件条例の公布自体は可能であつて、現に第一次条例の際には、自治大臣の許可前に公布されているから、本件は、「将来なんらかの不利益処分を受けるおそれがある」(前掲最判昭和四七年一一月三〇日)といつたものではなく、甲原告らに不利益な処分がなされることが確実な事案である。

(四) 回復し難い損害を生じるおそれについて

(1) 本件条例は、現段階で紛争の成熟性があり、それだけで、事前差止が許容されるべきであるが、予備的に、回復し難い損害を生じるおそれがあるとの要件が必要であるとの説をとつても、右要件が備わつている。

(2) 本件被侵害利益は、憲法で保障された信教の自由である。

まず、回復し難い損害として挙げなければならないのは、本件課税による被侵害利益が財産権ではなく、精神的自由権であり、しかも、それが憲法で保障された信教の自由だということである。このことについては、前に詳述した。

また、本件条例が施行されると、参詣者は、本税を納付しなければ寺院に参詣できないことになるから、信仰心をもって拝観しようとする者に萎縮的効果をもたらし、ひいては甲原告らの布教活動や拝観料収入に悪影響を与え、それらの悪影響は、事後の救済では全く回復しえない。拝観料収入の減少についても、本件のように、額が巨額にのぼれば、事後に賠償すれば済むというものではなく、しかも、それらは算定困難であるから、十分な賠償がなしえない性質のものである。

さらに、京都に数ある寺院のうち、甲原告らほか四〇社寺の参詣者だけが本税を課せられることになるから、甲原告らは、他の社寺と比べて参詣者の減少などの不利益を被るのであつて、このことは、布教活動に対する不利益的取扱いにほかならない。

(3) 本件課税に対する甲原告らの対応と回復し難い損害について

① 次に、甲原告らの本件課税に対する対応としては、以下の形態が考えられる。すなわち、第一に条例に従つて、参詣者から本税を徴収し、被告市へ納税する場合、第二に、参詣者からは本税を徴収せず、本税を甲原告らが立て替えて被告市へ納税する場合、第三に参詣者からも本税を徴収せず、かつ、被告市へも納税しない場合である。

② まず、第一の場合には、次の回復し難い損害が生じる。すなわち、参詣者から入山料のほかに本税を徴収するとすると、本件条例が判決で無効と確認された場合に、本税が被告市から甲原告らに還付され、甲原告らがこれを参詣者に返還しなければならず、そのためには、課税の際参詣者の住所、氏名を記録しておかなければならないこととなつてしまう。

しかし、たとえば清水寺の場合、参詣者は年間約二五〇万人であり、一日最大五万人の参詣者があるから、それを実施することは、到底不可能である。しかも、仮に返還が可能であるとしても、その返還には振込みならば四〇〇円、現金書留でも四一〇円も要するのであつて、結局、それらは特別徴収義務者とされている甲原告らの負担に帰することになる。したがつて、甲原告らが、五〇円の税の徴収を免れようと取消訴訟を提起しても、結局、違憲、無効と判断された場合には、かえつて一人につき最低四〇〇円の支出(返還送料相当分)を強いられることになり、不合理である。

また、仮に、本件条例あるいは特別徴収義務者の指定が取り消されても、徴収して納付された本税の返還につき直接の影響を与えないと触する場合、納付された本税が参詣者に返還されることはなく、結局、被告市が不当利得をすることになつてしまう。したがつて、事後の救済では、回復し難いことは明らかである。もちろん、右損害は、直接的に参詣者のものであるが、こうした参詣者の損害と被告市の不当利得を防止しうる地位にあるのは甲原告らしかないのであるから、まさしく現段階で甲原告らに争わせるべき根拠がある。

③ 次に、第二の場合には、次の回復し難い損害が生じる。すなわち、甲原告らは、本税相当額を自ら立て替えて納入するとともに、本件条例と特別徴収義務者の指定の取消訴訟を提起することになるが、このような訴訟は最高裁まで争われるのが通常であり、確定まで長期間を要することが確実である。

その場合、たとえば、原告清水寺を例にとつてみると、次のような事態に陥るのである。

原告清水寺の年間収入は約四億円であるが、そのうち入山料収入は約二億五〇〇〇万円にのぼり、入山料収入は、全体の約六割強となつている。また、同原告の入山料は一〇〇円であり、結局、この中から五〇円の税金を立て替えることとなるから、一億二五〇〇万円を立て替えなければならず、実に予算の三割を減じられることとなつてしまう。一方、支出についても、営繕修理費等の寺院維持費は実に約八〇〇〇万円近くもかかつている。このように、大伽藍をいただく社寺にとつては、その維持、管理費だけでも莫大な費用がかかり、右入山料収入の激減は、社寺に重大な財政上の圧迫を加えることとなる。また、右税の総額にしても、年に一〇億円にのぼり、取消訴訟が約一〇年かかるものとすれば、甲原告らは一〇年間で一〇〇億円も立て替えねばならなくなる。

また、立替えをしても、特別徴収義務を履行していないことに変わりはなく、依然として刑事罰を課せられるということは、第三の場合と何ら差異がない。

④ さらに、第三の場合には、その損害が極めて深刻である。すなわち、本件条例が公布、施行されると、甲原告らは、本税を徴収して、納入する義務を負い(本件条例八条以下、地方税法六八五条二項)、これに違反すると、三年以下の懲役、五〇万円以下の罰金または科料に処せられることは必至である(地方税法六九一条二項)。

また、本税を納入しなければ滞納処分をされることとなるが、この税額は、年に一〇億円、一〇年で一〇〇億円もの巨額にのぼり、単純に計算しても原告一社寺当り年二五〇〇万円(一〇年で二億五〇〇〇万円)にのぼる。しかも、たとえば、原告清水寺の場合、単純に計算しても右滞納税額は、年間予算の三割に当たる年間一億二五〇〇万円にのぼることとなり、加算税をも考え合わせると、寺の存続自体も危ぶまれる事態に陥つてしまう。このように、巨額の税について滞納処分がなされれば、甲原告らの財政は、致命的ともいえる打撃を被ることとなる。

(4) 本件覚書の存在

本件覚書は、前掲最判昭和四七年一一月三〇日で示された事前差止の要件を考える場合、権利侵害の程度の判断に極めて重大な影響を与える。

本件覚書は、旧税と同種の税はいかなる名目においても新設または延長しない旨を約しているのであるから、特別徴収義務者の指定という段階に至るまでもなく、本件条例の制定自体で、本件覚書で保護されている税の新設をされない権利が侵害されたものであつて、その権利侵害の程度は、極めて強い。

また、本件条例が施行されると、本件覚書の契約としての効力が破られることは明らかである。しかし、かような不作為を目的とし、かつ、その内容が憲法の保障する信教の自由を保障する内容をもつ本件覚書は、守られてこそ意味があり、いつたん破られれば、事後の債務不履行を理由とする損害賠償では満足が受けられない性質のものであるから、本件覚書の違反に対して、事後救済は全く機能しえない。

(五) 事後の執行停止によつては、十分な救済は得られない。

本件条例が施行され、特別徴収義務者の指定処分がなされた場合、甲原告らは、執行停止制度によつては、十分な救済が得られない。すなわち、

第一に、執行停止の決定が得られるまでの間は、信仰行為の侵害が続けられるということである。しかも、仏教では、参詣という行為は、その宗教活動の本質的行為ともいうべきものであつて、その行為を否定されるということは、仏教そのものを否定されるに等しい。このようなことは、瞬時たりとも許されない。したがつて、本件では、特別徴収義務者の指定をされる前にその違憲性を確定してしまわなければ、その損害を回避しえないのであつて、執行停止による救済を考えること自体手遅れといわなければならない。

第二に、本件条例の特別徴収、納付義務は、条例施行とともに発生し、その違反に対しては重い刑罰が用意されている。しかし、これに対し取消訴訟を提起するとともに執行停止を申請し、その審理をどんなに早く促進したとしても、条例の施行日に直ちに執行停止決定が出るはずはない。そして、この間、特別徴収義務者に指定された者は、右の特別徴収、納付義務を負い、これに違反すれば犯罪を犯したことになるのであつて、後に執行停止決定が下されたとしても、それまでの間の義務違反は、免責されない。しかも、本件のごとき重大な事件では、執行停止の決定は、相当の審理を経て発せられることは確実である。また、その間、甲原告らは、本税を納付する負担を負うか、納付しないで処罰の危険を負うかといういずれかの負担を強いられることは避けえない。

第三に、事後の救済では、執行停止決定がとれるか否かが重要な問題となり、執行停止決定があつてはじめて、甲原告らは、被告らと実質上対等に争うことができることとなる。したがつて、本件で差止訴訟が適法とされると、事後の取消訴訟より早く本案審理に入ることができるから、それだけ早く本案判決を得られるのであつて、もし、差止訴訟の継続中に条例が施行された場合、それを取消訴訟に変更して訴訟を継続すれば、従前の訴訟手続とそこにあらわれた訴訟資料はすべて引きつがれ、差止訴訟の審理は、そのまま生きることとなる。したがつて、それだけ早く本案判決により紛争の解決ができるのである。

第四に、差止訴訟を適法として本案審理を進めておけば、その間に条例が施行されても、執行停止申請に対する判断は、それだけ早く行われる。したがつて、右の第一として指摘した甲原告らの負担は、それだけ早く解決されることになる。

(六) 結局、本件の場合、条例の施行後に取消訴訟を提起させ、その執行停止決定という事後救済制度によつて甲原告らの救済を図ることでは、全く不十分であり、他方、訴訟の進行をわざわざ条例施行まで待たせる実益もないことを総合考慮すると、差止訴訟を適法ならしめなければならないことは明白である。

6 被告らの義務の発生原因(旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為禁止請求及びその予備的請求について)

(一) 本件契約(確約)の有効性について

(1) 行政主体(行政庁)は、私法上の契約はもちろんのこと公法上の契約であつても、明示の根拠を要することなく、法令の範囲内で、自由にこれを締結することができる。

(2) ところで、本件契約(確約)は、旧税をめぐる一大紛争を解決するため、原告ら社寺側が、全面的に五年間旧税の特別徴収その他旧税の適正円滑な施行に協力し、被告らが、旧税について期限を五年とし、期限後はいかなる名目でも新設または延長しないことを内容とする双務契約である。

(3) 本件契約(確約)の内容は、法令の範囲内であるから、本件契約(確約)は有効である。すなわち、

① 地方税法上、地方自治体のうち市町村が徴収することのできる税は、普通税と目的税とであり、徴収を義務づけられているもののうち、法定普通税として市町村税ほか八種類の税、法定目的税として入場税ほか一種類の税、徴収することができるもののうち、法定目的税として都市計画税ほか四種類の税と法定外普通税とがある。

本件契約(確約)は、同法五条二項で被告市に徴収を義務づけている市町村税などの法定普通税を免除するものではない。単に、甲原告らほか四〇社寺の参詣者の一部に対し、同法五条三項により被告市に特別に徴収してもよいとして全くの自由裁量に委ねられている法定外普通税の課税をしないという、極めて限られた内容しかない。これは、被告らの裁量の範囲内で決定しうることであつて、同法も許容しているというべきである。

② 本件契約(確約)と同様に、地方自治体が私人に対し税を賦課しないことを約束した契約が、法的に有効とされている例として、報償契約がある。報償契約とは、ガス事業や電気事業のような、公共性が強く、しかも独占的傾向をもつ企業の経営者と、市(または町)との間に締結されている契約である。たとえば、大阪市と大阪瓦斯株式会社との間で明治三六年八月六日に締結された大阪瓦斯株式会社報償契約は、その七条で、「市は一般の市税を除く外瓦斯事業に関し、特許料、免許料又は何等の料金若しくは特別税を割賦徴収せざるものとする」と定める。戦後のガス事業法は、その附則で、「この法律施行の際、現に存する旧ガス事業者と市町村との間のガス事業経営に関する定めに関する紛争は通産大臣が裁定する」として、それまでの報償契約の有効性を認めている。

ところで、右報償契約における特別税とは、地方税法上、使用者に課される法定普通税の電気ガス税と異なり、法定外普通税でしかありえない。右契約は、地方自治体が特定の事業者との問で法定外普通税を課さないことを定めるものであり、これが、有効とされているのである。

また、形式は異なるが、工場誘致条例の中にも、工場新設増設の奨励のため、これらの工場に課する法定普通税の固定資産税の一定割合を助成金として交付しうるとするものがある。これも、実質的には固定資産税の一部免除にほかならず、同様に有効とさせている。

③ このように、地方自治体が、その法定外普通税の一部の税について、一部の私人に対しこれを新設しないことを約束することは、地方自治体の裁量権の範囲内であつて、有効である。なお、被告市長は、本件契約(確約)によつて、自らが有する議案提出権のうち、旧税と同種の税を新設する条例という具体的事項に関する議案提出権を放棄する旨を、原告らに対して約束したのであるが、この約束も有効であることは、いうまでもない。

(4) 以上の次第で、本件契約(確約)は有効であり、現に、本件契約(確約)の一項ないし五項、六項一文は、被告ら及び原告ら代表者によつて履行されたのである。

したがつて、本件契約(確約)は、法的拘束力があるから、被告らは、その六項二文の「この種の税はいかなる名目においても新設または延長しない」との合意に拘束され、原告らに対し、その履行義務がある。

(二) 本件契約(確約)に基づく原告らの信頼保護について

(1) 西ドイツにおける行政上の確約の理論について

西ドイツにおける行政上の確約とは、「行政庁が将来行うであろう公法的行為について自己拘束する意図をもつて相手方に対して行う意思表示」であり、それは、行政庁側の一方的行為によるもの(一方的確約)のほか、合意によるものも含むものとされてきた。そして、西ドイツ連邦行政裁判所及び連邦社会裁判所は、この行政上の確約の履行義務を確定的に肯定したが、その根拠は、おおむね、信頼保護の観点に求められた。そのうえ、違法な確約についても、相手方の信頼が保護に値する限り行政庁に履行義務があるとされた。

なお、一九七六年制定のドイツ行政手続法は、この行政上の確約にかかる公法上の契約(双務的法律行為)の許容性を明文で承認するとともに(五四条以下)、確約(公法上の一方的意思表示)自体も明文規定で承認した(三八条)。

(2) 我が国における学説上の発展

我が国でも、行政庁が将来行うであろう公法的行為について自己拘束する意図をもつて相手方に対して行う意思表示等について有効性を認め、法的拘束力を認める考え方は、学説上強く主張されてきた。すなわち、

当初は、行政法上の禁反言の法理の適用の問題として論じられた。そこでは、禁反言の法理は、信義則をその根底におきながらも、行政解釈(行政行為、行政先例、積極的または消極的行為(不作為)を含み、適法、違法を問わない)に対する相手方国民の信頼を保護し、そのための根拠、適用要件などを整備するという点で信義則を具体化し類型化したものであると解された。その後、学説は、西ドイツにおける「行政上の確約」の理論についても検討を加えた。そして、我が国でも行政上の確約の法的拘束力を肯定し、適法な行政上の確約の法的拘束力の根拠を相手方の信頼保護あるいは行政庁の権限に、また、違法な行政上の確約の右根拠を相手方の信頼保護におき、いずれの場合も、履行義務が認められるとするようになつた。

このように、行政解釈、行政上の確約に対する相手方の信頼保護は、英米法における禁反言の原則からも、西ドイツにおける行政上の確約の理論からも裏付けられ、我が国における行政法の解釈理論として、確立しているといつても過言ではない。

(3) 我が国の判例

我が国の判例も、学説と同様に、「行政主体(行政庁)の意思表示、行動、態度等に基づいて国民の信頼が生じた場合に、その信頼保護に基づいてその後の適法な行政処分の変更が認められず、右行政主体(行政庁)の意思表示等は、法的拘束力を有する」という行政上の確約の法理を明確にした(最判昭和五六年一月二七日民集三五巻一号三五頁、東京高判昭和五八年一〇月二〇日判例時報一〇九二号三一頁参照)。判例によつて明確にされた、適法または違法な行政主体(行政庁)の意思表示等の行為に対する相手方の信頼保護に基づいて相手方が救済されるための要件は、次のとおりである。

① 行政主体(行政庁)と私人間で、契約または行政当局の確約によつて信頼関係が生じた場合、原則として、行政当局は、信頼関係を覆すことができない。また、信頼関係が対価性をもつ場合には、信頼関係は、より一層法的保護を要請する。

② 行政主体(行政庁)がこれを覆すことができるのは、やむをえない公益上の必要がある場合(事情変更のある場合)に限られる。

③ しかし、施策決定の基盤をなす行政情勢の変化だけでは、やむをえない事情に当たらない。

④ 信頼関係の生じる原因となつた行政主体(行政庁)と私人間の契約または行政上の確約は、法に反する違法なものであつても許される。

(4) 右に述べてきた我が国の判例、学説上認められている行政上の確約の法理、すなわち、「行政主体(行政庁)との適法または違法な契約(確約)によつて信頼関係を生じた私人の信頼の保護の理論」によると、原告らと被告らとの本件契約(確約)に基づく「この種の税はいかなる名目においても新設または延長しない」という原告らの信頼は、次のとおり、保護されるべきであつて、被告らがこれを覆して旧税と同種の税を新設することは許されない。

本件契約(確約)は、旧条例をめぐつて被告市と社寺側が激しく対立する状況下で、紛争を解決するために、市議会の了解のもとに、高山市長の二度にわたる懇請並びに被告市の前記基本方針による申込みと、原告らの代表者の承諾によつてなされた。

その内容は、社寺が、旧税の徴収に五年間協力し、被告らが、旧税について期限を五年として、期限後はいかなる名目でも新設または延長しない義務を負うという双務的なものである。

被告市や高山市長が本件契約(確約)を締結する権限を有することは、本件契約(確約)が、地方税法五条三項で市町村における裁量性の強い法定外普通税のうち、甲原告らほか四〇社寺という限られた社寺に参詣する参詣者のうち、その一部の者に対し課税をしないという極めて限定された内容を定めていることからも明らかであつて、本件契約(確約)は、被告らの権限の範囲内で適法かつ有効に締結されたものといわなければならない。

原告ら社寺側も被告市及び高山市長も、本件覚書を適法かつ有効と考えて締結しており、現実にも右紛争は解決し、原告ら社寺は、本件覚書の各条項を誠実に履行した。

しかも、右五年間の期限終了時にも、被告市及び富井市長は、その有効性を認め、課税を延長しようとしなかつたし、その後も被告市や歴代市長は、本件契約(確約)を遵守し、同種の税の新設のための行為を一切しなかつた。

原告ら社寺側も、本件契約(確約)を信頼し、もはや京都市で同種の税の新設はないと信頼してきた。

本件覚書締結後、約二〇年もの間、被告市は、本件契約(確約)を遵守し、原告ら社寺側も、これを信頼し続けてきた。

このような状況のもとでは、本件覚書または前記基本方針による本件契約(確約)に基づき、原告らと被告らとの間には信頼関係が生じており、このような信頼関係は、やむをえない公益上の必要がある場合(事情変更の場合)以外は、被告らが覆すことはできない。

仮に、本件契約(確約)が違法なものとしても、前述のとおり、本件契約(確約)に基づく信頼関係には何ら変わりがないのであるから、判例、学説上認められた信頼保護の理論によつて、原告らの信頼は、保護されるべきであつて、適法な確約の場合と同様、やむをえない公益上の必要のある場合(事情変更の場合)以外は、被告らが覆すことはできず、本件契約(確約)は、被告らを、法的に拘束するといわなければならない。

したがつて、やむをえない公益上の必要性(事情変更)がない以上、被告らが原告らとの信頼関係を覆すことはできず、旧税と同種の税を新設してはならないという法的義務を負う。

(三) まとめ

以上の次第で、第一次的には本件契約(確約)自体の効力に基づいて、第二次的には、被告らが本件契約(確約)に基づいて形成された原告らと被告らとの信頼関係を覆すことができないとの理論に基づいて、被告らは、原告らに対し、旧税と同種の税の新設のための条例制定に向けての条例案の企画、作成、議会への提案、自治大臣への許可申請、条例の施行等一切の行為をしてはならない義務を負つていることが明らかである。

したがつて、原告らは、被告市に対しては、主位的に、被告市が原告らに対し、旧税と同種の税に関して、自治大臣への許可申請、条例の施行などその新設にかかる一切の行為をしてはならない義務の履行を求め、予備的に、被告市が原告らに対し、旧税と同種の税を新設してはならない義務を負うことの確認を求め、被告市長に対しては、主位的に、被告市長が原告らに対し、旧税と同種の税に関して、その税に関する特別徴収義務者の指定、観賞券の用紙の交付その他のその税を徴収するために必要な準備行為などその税の新設にかかる一切の行為をしてはならない義務の履行を求め、予備的に、被告市長が原告らに対し、旧税と同種の税を新設してはならない義務を負うことの確認を求める。

7 結論

原告らのうち甲原告らは、抗告訴訟として、被告市に対し、第一次的に本件条例の無効確認を、第二次的に本件条例の施行差止を、第三次的に本税の新設禁止義務を負うことの確認を、被告市長に対し、第一次的に本件条例の無効確認を、第二次的に本件条例に基づく特別徴収義務者の指定処分差止を、第三次的に右指定処分禁止義務を負うことの確認をそれぞれ求め、原告らは、民事訴訟もしくは公法上の当事者訴訟として、被告らに対し、主位的に旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為の禁止を、予備的に旧税と同種の税の新設禁止義務を負うことの確認をそれぞれ求める。

二 被告らの本案前の主張

1 本件条例の無効確認の訴について

(一) 本件条例は、まだ地方税法六六九条の自治大臣の許可が与えられていないから、その効力が生じていない。

したがつて、本件条例は、抗告訴訟の対象となる行政処分としての性質をもたない。

(二) 本件条例は、自治大臣の許可があつても、拝観者及び文化財を観賞に供する者等のいずれに対しても、それ自体によつて直接具体的な法律効果を及ぼすことはない。拝観者には、入場料を支払い入山するときに納税義務が生じ、文化財供用者には、被告市長の指定によつて、はじめて特別徴収義務が具体的に生じる。

したがつて、本件条例は、抗告訴訟の対象とならない。

(三) 本件条例は、まだ公布されていないから、その効力が生じていない。

したがつて、本件条例は、抗告訴訟の対象とならない。

2 本件条例の施行禁止、本税の新設禁止義務を負うことの確認、本件条例に基づく特別徴収義務者の指定処分差止、右指定処分禁止義務を負うことの確認の各訴について

自治大臣の許可の申請をしていない現段階では、甲原告らの掲げる最判昭和四七年一一月三〇日の趣旨に照らしても、本件で処分の事前差止訴訟あるいは処分の不作為義務確認訴訟が許される要件は、具備していない。甲原告らのこの点に関する主張は、本件条例自体により甲原告らに法的効果が生じるとの誤つた解釈や、「少なくとも条例が施行されることにより」という現段階では仮定論ともいうべき事実を前提としており、失当である。

3 旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為の禁止、旧税と同種の税の新設禁止義務を負うことの確認の各訴について

(一) 旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為の禁止を求める訴は、行政庁に対し不作為を求める訴であるから、不適法である。

(二) 原告らのうち乙原告らは、本件条例の別表で対象社寺とされていないから、本件条例の無効確認の訴等の抗告訴訟について原告となりえないところ、右抗告訴訟と、旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為の禁止、旧税と同種の税の新設禁止義務を負うことの確認の各訴とは、不可分の関係にあるから、乙原告らは、右各訴についても原告適格がない。

(三) 本件契約(確約)六項二文は、後述のとおり無効であるから、原告らがこれに基づき権利を有することはない。

したがつて、原告らに権利保護の利益(訴の利益)はない。

(四) 国または地方公共団体の機関は、実体法上権利能力がなく、訴訟によつて保護されるべき独自の利益をもたないから、原則的に、当事者能力をもたない。ただ、行政事件訴訟法は、重大な例外として、抗告訴訟は権限ある行政庁を被告として提起しなければならないとしている(同法一一条一項、三八条一項)から、行政庁は、抗告訴訟に限り当事者能力をもつのである。

しかし、原告らの主張によると、被告市長に対する、旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為の禁止、旧税と同種の税の新設禁止義務を負うことの確認の各訴は、民事訴訟もしくは公法上の当事者訴訟として、行政庁たる被告市長に対し、本件契約(確約)自体の効力に基づく、あるいは、本件契約(確約)に基づいて形成された原告らと被告らとの信頼関係を覆すことができないとの理論に基づく義務の履行ないし確認を求めるものであるから、被告市長は、抗告訴訟ではない右各訴の当事者能力をもたない。

三 被告らの本案前の主張に対する原告らの反論

1 本件条例の無効確認の訴について

(一) 自治大臣の許可前であるとの主張について

被告らは、本件条例につき自治大臣の許可がなく条例としての効力が生じていないから、抗告訴訟の対象とならないと主張するが、次の理由で失当である。

(1) 地方税法六六九条が自治大臣の許可を必要としているのは、法定外普通税の新設または変更であつて、決して、条例そのものや、条例の施行につき許可を要するものとはしていない。右許可申請は、法定外普通税の新設または変更に関する許可申請であり、条例そのものは、単に添付書類とされているにすぎない。そうすると、自治大臣の許可と本件条例の成否とは全く別個のものであり、本件条例は、自治大臣の許可がなくても定立した形となつたのであつて、右許可によつて、はじめて本件条例の処分性が賦与されるものではない。

(2) 自治大臣の許可と本件条例の成否とは関係がないから、自治大臣の許可前にも本件条例を公布することは可能である。むしろ、地方自治法一六条二項によると、普通地方公共団体の長は、議会の議長から条例の送付を受けたときは、二〇以内に公布しなければならないとされているから、右規定に従う限り、自治大臣の許可の有無に関係なく、二〇以内に公布しなければならない。現に、被告市は、第一次条例で本税と同種の税を新設したが、その際の条例の公布は、同年九月六日であり、自治大臣の許可は、同月二九日であつて、自治大臣の許可以前に、既に条例の公布が行われた。

このように、議会での条例の制定はもちろん、条例の公布すら自治大臣の許可とは関係がないのである。

(3) 本件条例は、特別徴収義務者の指定その他本税を徴収するために必要な準備行為を、条例の施行前にも行うことができるとしている(本件条例附則二項)。したがつて、本件条例の制定、公布と自治大臣の許可とは、別個のものであり、自治大臣の許可前でも、特別徴収義務者の指定処分等の準備行為を行うことは可能である。

(4) 自治大臣の許可は、本件条例の効力要件ではない。すなわち、

憲法九二条及び同法九四条は、地方自治の本旨及び条例制定権について規定しており、地方自治体に対して、地方自治の本旨に従つた条例制定権を賦与している。

ところで、地方税法六六九条の自治大臣の許可が効力要件であるとすると、自治の重要基盤である財政(税の新設、変更)について国家の統制を受けて、自治体の課税権が侵されることとなる。これが地方自治の本旨に反することは、明らかである。

したがつて、条例による税の新設、変更につき、自治大臣の許可(認可)にかからせること自体、憲法九二条、同法九四条に違反し違憲、無効である。そこで、地方税法六六九条を合憲ならしめるには、同条を単に届け出制を規定したものないしは訓示規定と解するよりほかはない。

以上のとおりであるから、条例の制定、施行は、自治大臣の許可がなくても可能であり、自治大臣の許可は、本件条例の効力に全く関係がないものというべきである。

(5) 仮に、自治大臣の許可がなければ本件条例そのものの効力が生じないとしても、条例自体の成立は既に完了しており、他の行政庁の許可により効力が生じるにすぎないから、これは、一種の附款付行政処分とみるべきである。このように附款付行政処分であつても、処分庁が行政処分を行つたことには変わりがないから、処分性がある。

(6) そもそも、処分性が問題とされるのは、行政の第一次的判断権が侵される場合である。しかし、本件では、既に条例が制定されており、被告らの第一次的判断権は既に行使されているのであつて、被告らとの間で第一次的判断権が問題になる余地はない。現に、被告市長は、可及的すみやかに許可申請を行い、自治大臣の許可を得たい旨公言している。

(二) 本件条例の制定行為の処分性について

(1) 抗告訴訟の対象たる行政処分の処分性の有無は、単にその行為類型を形式的にとらえ、あるいは、形式的な法的効果に着目して判断するのではなく、処分の名宛人に対する具体的、直接的な権利義務関係の内容、将来に対する効果、その不安定な地位の必要性という、訴訟救済の実質的な必要性ないし実益の見地から判断する必要がある(前掲最判昭和四七年一一月三〇日もこれと同旨)。つまり、処分性を判断する際、公権力性と公定力を伴う行政行為とを一致させる必要はなく、また、名宛人に対して確定的、拘束的な法的効果が生じる必要はなく、形式的には法的効果が生じていないものであつても、名宛人が実質上不利益を受け、または、不利益を受ける確実的、蓋然的なおそれがある場合には、事件の成熟性があるから、処分性を認めるべきである。

また、後続の具体的処分を待つていたのでは、既成事実の前に有効な権利救済が図れないことが多く、かえつて、混乱の増大を招きかねない。

ところで、法令または条例が一般的、抽象的に抗告訴訟の対象となりえないことについては争いがない。しかし、法令または条例であつても、前述の視点からして、それによつて直接、具体的に当事者の実質上の不利益が生じる場合には、抗告訴訟の対象となるのである。

(2) ところで、本件条例は、納税義務者を指定し(四条)、税率及び税額を定め(六条)、徴収の方法を定めるとともに特別徴収義務者を指定することにしており(八条)、本税の内容が具体的に定められている。

(3) 本件条例は、右の具体的定めに基づき、次の法的効果を生じさせる。

① 本件条例は、文化財の観賞者に対し、行政庁の賦課処分を要せず、直接本件条例によつて課税をする(四条・五条)。

② 本件条例によつて、課税処分が文化財の観賞者に対してなされることにより、本件条例は、宗教心を有し、宗教心から文化財を観賞しようとする者に対し、本税という負担を課するものとなる。

さらに本件条例は、本税を負担することを拒否する者からは、観賞の機会を奪うとともに、宗教と接する機会を減少させ、ひいてはその者の宗教心を不当に侵し、信教の自由を奪うこととなる。

③ 本件条例に基づく負担を拒否し、観賞を諦める者が出ることは、仏像等の文化財を通して、宗教と接する機会をできるだけ多くの人に供与し、そのことによつて広く一般人に布教活動をしようとしている甲原告らに対して、布教活動の機会を減少させるという不利益をもたらす。

④ 本件条例は、甲原告らほか特定の社寺等に対して、本税の特別徴収義務を課するものである。すなわち、

被告市長が本件条例八条により特別徴収義務者を裁量によつて指定しうるとすることは、地方税法六八五条一項に違反するから、被告市長には全く裁量の余地がない。そして、特別徴収義務者になりうる者は、特定の社寺以外に考えられないから、一義的に定まり、結局、本件条例は、それ自体で具体性、完結性がある。

仮に、特別徴収義務者が被告市長の指定行為によつて特定するとしても、被告市長の右指定行為は、形式的、儀式的なものにすぎず、実質的には、既に本件条例で特別徴収義務者は特定している。

⑤ さらに、甲原告らが特別徴収義務者として指定されると、甲原告らには、直ちに、交付申請書を提出して観賞券の交付を受ける義務、観賞者に観賞券の提示を求めてその一部を切り取り半券を観賞者に交付する義務、観賞者から本税を徴収する義務、申告書を提出しこれを納付する義務などの具体的な法的義務が発生する(九条以下)。被告市は、甲原告らが右義務を怠つた場合、甲原告ら特別徴収義務者の所有財産に対し滞納処分をするから、特別徴収義務者は、観賞者に対し、本税相当額を請求しなければならないことになる(最判昭和四五年一二月二四日民集二四巻一三号二二四三頁参照)が、現実には、多数の観賞者に対してこれを請求することは不可能である。

甲原告ら社寺等は、前述のとおり、本件条例により特別微収義務者として指定されており(少なくとも指定されることはほとんど疑う余地がない)、右のような法的義務を当然に負うこととなる。

(4) 以上に述べた本件条例の法的効果は、被告市が本件条例を制定したことにより直ちに生じる。また、本件条例によつて、少なくとも名宛人が実質上不利益を受ける確実的、蓋然的なおそれがあり、事件の成熟性があることは明らかである。したがつて、本件条例の制定行為自体に処分性があるといえる。

(三) 公布行為について

被告らは、本件条例が公布されていないから、本件条例の処分性は認められないと主張するが、公布行為がなくとも本件条例に処分性が認められるべきことは、前に述べたとおりである。

仮に、公布行為が処分性を賦与する要件だとしても、本件では、公布があつたと同視しうる事情があるから、被告らの右主張は、失当である。すなわち、

地方自治法一六条二項、一七六条によると、被告市長は、議決事項の送付を受けた場合、一〇日以内に再議に付するか否かを決定し、再議に付さない場合には、残り一〇日以内に条例を公布しなければならないのである。

また、公布は、自治大臣の許可と無関係であり、事実、高山市長は、第一次条例の施行の際、自治大臣の許可がおりる以前に条例を公布した。

さらに、公布するに際して、市長には裁量権がなく、ただ再議に付しうるのみであつて、再議にも付さずに、ただ単に公布を引き延ばす裁量権はない。

ところが、被告市長は、本件条例の送付の送付を受けてから一〇日以内に再議に付することもせず、まして、二〇日以内に公布することもしていない。

したがつて、被告らは、自らこの地方自治法の規定に違反して公布を遅らせておきながら、そのことを最大の理由として、本件訴の却下を求めているのであつて、被告らの行為は、「先行行為に矛盾した挙動の禁止」の原則等信義則上許されない(また、右原則の元となつている英米法における「クリーン・ハンドの原則」も、まさしく本件に適用される)。条例議決の送付が市長になされてから二〇日以上を経過した場合にも、条例の公布があつたものと同視しえないとすると、市長の独断によつて公布時期を操作できることになり不当である。

しかも、行政では、法律による行政の原則が憲法上も強く求められているから、法を守るべき行政が、自ら法に反し、しかも、その法に反していることを有利に主張することは許されない。

したがつて、被告らが、公布をしないという違法を自ら犯しながら、そのことを理由として甲原告らの訴訟要件の不備を指摘することは、まさしく「先行行為に矛盾した挙動の禁止」の原則に照らし、失当である。

2 旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為の禁止、旧税と同種の税の新設禁止義務を負うことの確認の各訴について

本件契約(確約)は、前述のとおり、原告らと被告らとの間で締結されたものである。したがつて、乙原告らを含む原告らは、被告らに対し、本件契約(確約)自体の効力に基づく、あるいは、本件契約(確約)に基づいて形成された原告らと被告らとの信頼関係を覆すことができないとの理論に基づく義務の履行ないし確認を求めているのであるから、本件条例で対象社寺とされているか否かによつて、右各訴の原告適格の有無が左右されることはなく、乙原告にも、右各訴の原告適格がある。

四 請求原因に対する被告らの答弁と主張

(認否)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。但し、被告市の前記基本方針が、旧税をめぐる紛争を解決するための契約の申込みに当たるものであつたこと、この申込みを受けた社寺側が、被告市の書面による契約申込みを受諾することとし、その結果、昭和三九年七月二六日原告ら代表者一一か寺と被告市、高山市長との間で本件覚書が作成されたこと、高山市長は、この際、被告市の代表者として、かつ、被告市の機関である行政庁すなわち被告市長として、本件覚書に調印したこと、高山市長が旧税に憲法違反の疑いのあることを認めていたこと、(二)(14)の事実(契約の成立と当事者、契約の内容、当事者の認識)、富井市長が本件覚書の有効性とその法的拘束力を認めていたこと、被告市では、代表者である市長はもちろんのこと理財局長をはじめとする当局も、本件覚書の法的効力と法的拘束力を認めていたこと、以上のことは否認する。

3 同3の事実は認める。但し、被告市長は、本件条例の議案の市議会への上程を強行したことはない。

4 同4ないし6の主張は争う。

(主張)

1 本件条例の無効原因の主張について

(一) 憲法二〇条一項(信教の自由)違反について

本件条例は、五条一項一号で、「勤行、読経、供養等信仰のために参けいする信者で別に定めるものが対価を支払わないで行う文化財の観賞」は課税の対象としない旨を定めて、信者を除外している。また、有名観光寺院の駐車場には、シーズン中は平日でも多くの観光バスが駐車し、特に土曜日、日曜日、祭日には駐車場に収容しきれない程の観光バスで大混雑をきたしている。京都市には、各地から年間三九〇〇万人近くの観光者が入洛するが、中には観光バスを連ねて入洛する観光者のあることも日常目に触れるところである。これらの多くの入洛者の大部分は、社寺を訪れるが、それが、信仰のための参詣というよりも、文化財観賞を目的としていることは、経験上否認しえないことである。

このように、本件条例は、特に宗教的行為を対象としてこれを規制するものではない。

したがつて、本件条例は、信教の自由を侵すものではない。

(二) 憲法二〇条一項後段(政教分離の原則)違反について

被告らが、社寺に対して、宗教的行為以外の面で一般人と同様の取扱いをしても、何ら法的に問題がない。拝観料をとつて一般人に公開し、宗教施設の文化財的側面を観賞させている社寺の行為は、宗教的行為ということはできないから、給与支払者に源泉徴収義務を課しているのと同様に、観光社寺に対し本税の特別徴収義務を負担させても、政教分離の原則違反の問題が起る余地はない。

政教分離とは、国家と特定宗教の癒着を禁止し、宗教活動に関する国の中立を求めるものにすぎない。課税のために被告市と社寺が結託しているとみる参詣者はおそらくいないであろうし、逆に課税が、特別徴収義務を課されない他の宗教宗派を特に利する行為とも思えない。また、本件の特別徴収義務は、社寺等が強制徴収権をもたず、また、徴収不足額があるときには、更正決定を受け、延滞金や各種加算金、さらには刑事罰を課せられることから明らかなように、単純な義務であつて徴税事務の委任ではない。したがつて、憲法二〇条一項後段の禁止する宗教団体による政治上の権力(課税権、徴収権)の行使にも当たらない。

(三) 憲法三〇条、同法八四条、同法九二条(租税法律主義)違反について

本件条例には、不確定、不明確な要素はない。

仮に、本件条例の課税要件の定めに明確性の乏しい点があるとしても、その合理的な解釈により本件条例に定めるところの意味、内容を客観的に認識しうるように規定してあるから、本件条例によつて具体的な租税徴収を行うことは、何ら租税法律主義に違反しない。

(四) 地方税法違反について

本件条例一条は、単に本税創設の動機ないし趣旨を定めたもので、使途を特定するという規範性をもたない。そして、被告市長は、本件条例が可決された昭和五八年一月一八日の市議会で、本税収入の使途につき「文化財の保護、歴史的景観等の保全、観光道路及び駐車場の整備、芸術文化劇場、岡崎文化ゾーンの整備など、今後の国際文化観光都市京都の発展のため不可欠な経費に充てる」と説明している。

結局、本税は、法定外目的税ではなく、法定外普通税である。

(五) 地方自治法違反について

(1) 本件契約(確約)六項二文は、後述のとおり無効であるから、被告らには、原告らの主張する重大な義務違反はない。

(2) 本件条例制定の際、市議会が委員会付託をしなかつた理由は、次のとおりである。すなわち、本件条例の新設構想が発表されて以来、被告市の本税新設が被告市長の提案説明のようにやむをえないとする論と、原告らの違憲論とが新聞紙上を賑わせ、特に、昭和五七年末にかけてこの論争が白熱し、新聞紙上に毎日のように掲載され、市民間でも、記事あるいは投書欄で、双方の立場から激しくなされていた。このような状況で、議員の判断資料に事欠かなかつたから、市議会は、いまさら委員会で審理する必要がないと判断したのである。

また、地方自治法一〇九条三、四項は、委員会に付託するかどうかを市議会の裁量に委ねる趣旨の規定であり、市議会は、本件条例について委員会で審理する必要を認めなかつたまでである。任意規定に違反したからといつて、本件条例が無効になる理はない。

2 本件契約(確約)の有効性の主張について

(一) 高山市長は、原告らがその代表者であつたと主張する一一か寺だけを当事者として、本件覚書を締結したにすぎず、また、その際、被告市を代表したものではない。

したがつて、右一一か寺以外の原告らと被告市は、本件覚書の当事者ではない。

(二) 地方自治法一四九条は、「普通地方公共団体の長は、概ね左に掲げる事務を担任する。」と定め、一号から九号までの担任事務を列挙しており、一号で、「普通地方公共団体の議会の議決を経べき事件につきその議案を提出すること」を長の権限事項と定めている。長の権限の委任については、同法一五三条に規定されているが、長が、議案提出権のように自ら行使することの予定されている権限を委任することはできないと解すべきである。そうすると、長が、議案提出権のような法律の規定によつて自らに与えられた権限を放棄することは、なおさら許されない。けだし、長の公法上の権限は、同時に市民の利益のためにも適当に行使すべき義務を包含しているからである。

このように、住民のための行政執行代表権を有する長が、法律の規定によつて与えられた重要な議案提出権を任意に放棄することは、法律上不可能である。ところが、本件契約(確約)六項二文は、長の権限の放棄を定めるものと解されるから、無効である。せいぜい高山市長に政治上、道義上の責任を生じさせるにすぎない。

仮に、本件契約(確約)六項二文が議案提出権の不行使の約定であるとしても、無効であることに変わりはない。

(三) 被告市長の議案提出権は、法律の規定によつて与えられるものであり、承継取得するものではないから、被告市長を含む本件契約(確約)以後の歴代市長は、本件契約(確約)六項二文に拘束されない。

(四) 地方公共団体が新税を創設するためには、租税法律主義によつて、少なくとも条例が新設されることを必要とする。そして、議案提出権は、地方自治法一四九条一号で長の専権に属する(もつとも、同法一一二条によつて、議員も一定の要件のもとに議案提出権をもつが、この点は措く)。そうすると、被告市長は、被告市という地方公共団体を代表して市議会に議案を提出するものではない。したがつて、被告市は、行政庁たる被告市長のもつ議案提出権について、その放棄あるいは不行使を約束することはできないから、本件契約(確約)六項二文は、全く無意味である。

(五) 本件覚書が市議会本会議に提出されたことはない。

3 本件契約(確約)に基づく原告らの信頼保護の主張について

(一) 我が国では、いわゆる行政上の確約の法理について、西ドイツとは異なり明文の規定がないし、学説の展開も未熟であるから、右法理を採用することはできず、信義則ないし禁反言の法理による事案の解決が考えられるにすぎない。そして、行政庁が何らかの確約をしても、それが強行規定に違反する場合は、信義則ないし禁反言の法理による救済の余地はない。

(二) 原告らの掲げる判例は、行政上の確約の法理を採用したものではない。

4 被告らが本税を新設しようとする事情について

(一) 被告市の財政状況の変化

我が国経済が高度成長を続けた昭和四〇年代には、被告市の市税収入も年々順調な伸びを示してきた。しかし、昭和四八年のオイルショックを契機とする我が国経済の低成長とともに、市税収入の伸びは低下し、特に昭和五二年度以降は、その伸率は、年々低下の一途をたどつてきた(別表(3)参照)。加えて、被告市の財政構造は、歳入面でみると、京都市の中心産業である繊維業種の不況等による市民税収入が少ないこと、あるいは、社寺等の非課税物件が多いことなどによる固定資産税収入が少ないことなどが反映して、人口一人当たりの市税収入は、他の指定都市の平均を大きく下回つている(別表(4)参照)。この結果、被告市の財政状態は、近年、年々悪化し、ついに、昭和五六、五七年度には、二年続けて赤字日本一という不名誉な状態が続いている。

(二) 被告市の国際文化観光都市としての財政需要の動向

一〇〇〇年の古都である京都市には、全国の国宝の19.4パーセント、重要文化財の14.5パーセントが所在しており、それと歴史的、文化的環境とが相俟つて、毎年四〇〇〇万人近くの観光客が訪れており、我が国を代表する国際文化観光都市である。しかし、被告市は、それに伴つて、従来から、文化財保護、古都保存対策、景観対策、観光道路整備、観光地の清掃等のための多額の財政支出を余儀なくされてきた。このような財政支出は、被告市が国際文化観光都市であるがゆえに生じる特別の財政需要である。

ところで、このような歴史的、文化的資産の保存整備については、従前の文化財保護行政の考え方は、文化財そのものの保存が中心であつたが、高度成長期を通じての都市化の進展に伴う環境の変化、国民の文化的資産の保護に対する関心の高まりなどを反映して、次第に周辺を含めた広域保存の必要性が強く叫ばれるようになつた。昭和四一年に制定された「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」(昭和四一年法律第一号)による土地の買入れ制度は、その先がけである。そして、昭和五〇年の文化財保護法の大改正では、民俗文化財の制度の整備、埋蔵文化財に関する規定の整備と並んで、伝統的建造物群保存地区制度の創設が行われる等極めて大幅な改革が行われた。被告市も、このような動向を踏まえ、先般、京都市文化財保護条例(昭和五六年京都市条例第二〇号)を制定し、国指定文化財以外の文化財についても積極的に保護を図ることとしている。

このような文化財保護行政の質的変化等に対応して、被告市における文化観光都市整備関係の予算は、ここ一〇数年著しく増加しており、被告市の一般会計予算全体の伸びを大きく上回つてきている。

(三) 今後の被告市財政の動向

前述のとおり、被告市の財政状況は、近年極めて悪化している。昭和五八年度の被告市一般会計予算は、四二三七億円余りと規模自体はかなりのものとなつているが、被告市が自由に使える市税収入は、前年度より六五億円しか伸びておらず、一方では、給与費、扶助費、公債費のような義務的経費の伸びが避けられないため、新たに施策的経費を拡充していくことは、極めて困難な状況にあり、このような状況は、今後とも当分続くものと見込まれている。

他方、国際文化観光都市としての財政需要は、文化財保護条例の実施に基づく経費、歴史的景観の保全、観光道路、駐車場の整備、来る昭和六九年に迎える建都一二〇〇年記念事業の実施等、本件条例の市議会への提案に当たつて示した使途構想における今後一〇年間の関係事業額だけにしぼつてみても、約四四〇億円と見込まれているところであり、その成否は、ひとえに財源の調達ができるか否かにかかつている。

今日のような財政状況のもとで、これら国際文化観光都市としての財政支出を捻出していくに当たつては、他の既定経費からのやりくりだけでは、到底対応することは困難であり、かつ、今日のような経済状態のもとで市民にこれ以上の負担を求めることも難しい。そこで、京都の良さを守るためのこの種の費用の一部について、その受益者から負担してもらおうというのが、本税の趣旨であり、この構想の正当性は、いうまでもない。

五 被告らの主張に対する原告らの反論

1 議案提出権の放棄の有効性について

本件契約(確約)は、被告市長の議案提出権を一般的に放棄することを内容とするものではない。被告市長は、住民のために行政を執行する責務を負つており、そのため種々の契約を被告市を代表して住民と締結することも、その行政の執行の一態様にほかならない。その契約が成立したことによつて、行政主体の代表者たる被告市長が、その権限の行使または不行使を義務づけられることがあるのは当然である。この権限に、被告市の代表機関としての権限のみならず、議案提出権のように行政庁としての被告市長が有する権限もまた含まれることは、それが、一方当事者たる被告市の一機関たる被告市長の権限であることに徴すると、多言を要しない。

ところで、本件契約(確約)は、原告らと被告らとの間の契約であつて、その有効性は、前述のとおり、当然認められるべきである。そのうえ、本件契約(確約)は、昭和三九年、原告らと被告らとの間で、この種の税が合憲であるか否かをめぐつて一大紛争を経た結果、この種の税について憲法上の疑義があることを被告らも認めて「この種の税を新設しない」ことを定めて、成立したものである。すなわち、原告らと被告らとは、被告らの裁量に属し、しかも憲法上の疑義があることを前提として、「この種の税はいかなる名目においても新設しない」、換言すると、「この種の税」という具体的な議案の提出権の放棄を内容とする合意をしたのである。

したがつて、このような議案提出権の放棄が認められるべきことは当然である。

2 歴代市長に対する本件契約(確約)の拘束力について

本件契約(確約)は、被告市を当事者とする契約であるから、歴代市長が拘束されることは当然である。たしかに、議案提出権は、行政庁としての市長の有する権限であるが、それが被告市の拘束される本件契約(確約)によつて当然制約を受けることは、既に述べたとおりであり、この行政庁たる市長が交替しても、その権限は、行政庁としての市長たる地位に基づくものであるから、行政の連続性の原則に照らすと、歴代市長もまた本件契約(確約)の拘束を受けることは明らかである。

第三  証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、ここに引用する。

理由

第一  被告らの本案前の主張に対する判断

一  甲原告らの被告市及び被告市長に対する本件条例の無効確認の訴について

1  条例と抗告訴訟の対象

行訴法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(以下処分という)とは、行政庁が行う行為のうち、「その行為によつて、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」を指称すると解するのが相当である(最判昭和三九年一〇月二九日民集一八巻八号一八〇九頁、最判昭和五三年一二月八日民集三二巻九号一六一七頁参照)。したがつて、地方公共団体の制定する条例であつても、その条例に基づく行政庁の個別具体的な行政処分をまつまでもなく、直接、その適用を受ける特定の者に対し具体的な権利義務ないし法律上の利益に変動を及ぼすときには、地方公共団体が制定した条例そのものが、抗告訴訟の対象となる処分に当たるといわなければならない。

ところで、〈証拠〉によると、被告市は、地方税法六六九条以下に定める市町村法定外普通税として本税を新設するため本件条例を制定したことが認められる(甲原告らは、本税が地方税法によつて創設を認められていない法定外目的税であると主張している。しかし、被告市は、本税が同法によつて被告市に創設を認められている市町村法定普通税であることを前提として、その新設のため本件条例を制定したのであるから、後述のとおり、本件条例は、さらに同法に基づく自治大臣の許可という手続を当然に予定しており、少なくともこの手続が踏まれないと、本件条例の効力は生じない。本税が法定外目的税であつて、そのため本件条例が無効であるかどうかは、自治大臣の許可等があつて外形的に本件条例の効力が生じ、抗告訴訟の対象となる処分となりえたときに、はじめて判断されるべき事柄である)。

2  自治大臣の許可と本件条例の処分性

市町村法定外普通税として本税を新設するためには、同法六六九条によつて、あらかじめ、自治大臣の許可を受けなければならない。しかし、本件条例について、自治大臣の許可がまだ与えられていないことは、当事者間に争いがない。

さて、このように自治大臣の許可がない段階で本件条例が前述した意味での処分に当たるかどうかについて、当裁判所は、処分に当たらないと解するものであるが、以下にその理由を詳述する。

(一)  自治大臣の許可の性質

同法二条、三条によると、地方公共団体が地方税を賦課徴収するためには、同法の定めるところにより、その地方税の税目、課税客体、課税標準、税率その他賦課徴収についての定めを当該地方公共団体の条例によつて定めなければならない。そして、同法六六九条によると、市町村法定外普通税の新設または変更の際に、自治大臣の許可が必要である。

この自治大臣の許可の性質は、地方公共団体が市町村法定外普通税を新設しまたは変更するに際して、地方公共団体の右税に関する条例制定行為を補充し、右税の新設または変更の効力を完成させるものであつて、講学上の認可に当たると解するのが相当である。つまり、自治大臣の許可すなわち認可が、市町村法定外普通税の新設または変更の効力要件であるということである。

そうすると、自治大臣の許可がない段階では、市町村法定外普通税の新設または変更の効力は生ぜず、その結果、これを定める条例も、またその効力が生じないのである。

(二)  本件条例と自治大臣の許可

本件条例では、本税の新設に関して自治大臣の許可がまだないから、本件条例の効力も、まだ生じていないことになる。したがつて、本件条例は、自治大臣の許可がない現段階では、甲原告らをはじめその適用を受ける特定の者に対し具体的な権利義務ないし法律上の利益に変動を及ぼすものではないから、抗告訴訟の対象となる処分に当たらないとしなければならない。

(三) 本件条例の公布と自治大臣の許可

甲原告らは、自治大臣の許可が必要とされるのは市町村法定外普通税の新設または変更についてであつて、右許可と本件条例の制定とは無関係であるし、右許可がなくても本件条例の公布が可能であるから、本件条例は処分に当たると主張する。

しかし、本件条例が公布されても、自治大臣の許可がなければ、本税の新設に関する本件条例の定めは、なんら効力が生じないのである。もともと、本件条例を制定した目的は、本税を新設して徴収することにあるから、自治大臣の許可と条例の制定、公布とは不可分一体の関係にあるとしなければならない。したがつて、効力の生じない本件条例を施行することは全く無意味である。そうすると、自治大臣の許可がなくても本件条例を公布することができるからといつて、そのことのため、本件条例に処分性を認めるわけにはいかない筋合である。

甲原告らは、本件条例を公布しないことは被告らの義務違反であるから、公布があつたとみなすべきであると主張しているが、法律上そのようにみなすべき理由はない。

単に、被告市長が本件条例を公布しないことについて、政治的責任が生じるだけである。

(四) 本件条例附則二項と本件条例の処分性

甲原告らは、本件条例附則二項によつて、自治大臣の許可前でも、特別徴収義務者の指定処分等の準備行為を行うことが可能であるから、本件条例は処分に当たると主張する。

しかし、附則二項は、本税の新設を定める本件条例が自治大臣の許可の後に施行されて効力を生じる以前に、右許可を想定して、暫定的に、特別徴収義務者の指定、観賞券の交付その他本税の徴収に必要な準備行為をすることを認めたものにすぎない。このように、準備行為ができる可能性があるからといつて、そのことが、甲原告らをはじめ特定の者に対し具体的な権利義務ないし法律上の利益の変動を及ぼすことにならないことは、いうまでもない。

また、本件条例自体で特別徴収義務者が指定されているとしても、その特別徴収義務は、本税の新設に関する自治大臣の許可があつたときにはじめて生じるものであるから、それまでは、甲原告らの具体的な権利義務ないし法律上の利益に変動が生じないことに変わりがない。

(五)  自治大臣の許可と憲法九二条、同法九四条

甲原告らは、自治大臣の許可が市町村法定外普通税を新設しまたは変更する条例の効力要件であるとすると、地方税法六六九条は、憲法九二条、同法九四条に違反し違憲、無効であり、自治大臣の許可制度を合憲ならしめるには、これを届け出制の規定ないし訓示規定と解するほかはないと主張する。

地方自治行政の自主的運営を裏付けるためには、財政運営についての自主財政権なかでも自主的な財源調達の権能としての課税権が不可欠であるから、憲法九二条、同法九四条は、地方公共団体の課税権を保障する趣旨の規定である。しかし、国が、国税と地方税との間の適切な配分、地方公共団体間の財政力の格差の是正、各地方公共団体の住民の租税負担の均衡等の見地から、地方公共団体の課税権について法律で規律することは、当該法律が地方自治の本旨に反しない限り、許容されるのであり、憲法九二条、同法九四条も、このことを予定しているといえる。

そこで、地方税法六六九条以下の自治大臣の許可が、市町村法定外普通税の新設または変更の効力要件、したがつて、それを定める条例の効力要件であるとした場合、右許可制度が、地方自治の本旨に反して、地方公共団体の課税権を法律で規律することになるかどうかを検討する。

地方税法は、法定税目以外の地方税を一切認めないのではなく、地方公共団体の課税権に配慮し、各地方公共団体の特殊事情に応じた課税ができるように市町村法定外普通税を認めている。

さて、この税の新設または変更を自治大臣の許可にかからしめた制度の趣旨は、地方税の税目を法定した意味を失わせず、かつ、地方公共団体の自治権(課税権)と国全体の経済政策並びに国及び他の地方公共団体の税財政との調和を保つことにある。しかも、地方税法は、許可要件を法定し、自治大臣の全くの裁量に委ねてはいないのである。

その具体的な許可要件のうち、積極的要件である財源及び財政需要の存在(同法六七一条一項本文)は、市町村法定外普通税を認めた趣旨からして当然の要件であり、自治大臣は、この要件があると、消極的要件がない限り許可しなければならないとされている。その消極的要件(同法六七一条一項但し書一号ないし三号)は、住民負担が過重となることを避ける(これは、各地方公共団体の住民の租税負担の著しい不均衡を避けることでもある)とともに、国税や他の地方税の税収に悪影響を及ぼさないようにすること(一号)、内国関税的な税による地域間の物流の障害を避けること(二号)、国の経済政策と矛盾し、その効果を減殺し、ひいては国民経済の発展を阻害するような結果を避けること(三号)から設けられたものであつて、これらの要件は、自治大臣の許可制度の趣旨に照らして、合目的的、合理的な要件である。

以上に述べた自治大臣の許可制度の趣旨、目的、要件などを考慮すると、右許可制度は、地方財源の確保と地方財政の自主性の保障に照らしても、なんら憲法九二条、同法九四条に違反するものではない。したがつて、自治大臣の許可は、本税の効力要件であるとしなければならない。

(六) 自治大臣の許可と附款付行政処分

甲原告らは、本件条例自体の成立は既に完了し、自治大臣の許可により効力が生じるにすぎないから、本件条例は、附款付行政処分であつて、処分性があると主張する。

しかし、自治大臣の許可は、条例による市町村法定外普通税の新設または変更の効力の発生を、直接地方税法によつて制限するもの、すなわち、法定条件であつて、行政行為の附款の性格をもつものでないことは、いうまでもない。

そうすると、自治大臣の許可は、本件条例の附款ではないから、甲原告らの右主張は失当である。

(七) 被告らの第一次的判断権と本件条例の処分性

甲原告らは、本件条例の制定によつて被告らの第一次的判断権が既に行使され、これが侵される余地はないから、本件条例は、処分に当たると主張する。

しかし、抗告訴訟の目的ないし機能は、行政庁の公権力の違法な行使または不行使によつて侵された国民の権利または法律上の利益の救済にあるから、本件条例によつて甲原告らをはじめ特定の者の具体的権利義務ないし法律上の利益に変動があつたかどうかによつて、処分性の有無は判断されるべきであつて、被告らの第一次的判断権が既に行使されているかどうかによつて決められるべき事柄ではない。

そうすると、甲原告らの右主張は、独自の見解であるから採用しない。

(八) 本件条例の制定行為の処分性

甲原告らは、本件条例の制定によつて直ちに種々の法的効果が生じるから、本件条例の制定行為自体に処分性があると主張する。

しかし、甲原告らの主張する法的効果は、いずれも、本税の新設について自治大臣の許可があり、本件条例が公布、施行されてはじめて問題となりうるものであつて、本件条例の制定によつて直ちに生じるものではない。

したがつて、甲原告らの右主張は失当である。

3  まとめ

以上の次第で、本件条例は、本税の新設について自治大臣の許可がない現段階では、行訴法三条二項にいう処分に当たらないから、甲原告らの被告らに対する本件条例の無効確認を求める訴は、その余の点を判断するまでもなく、不適法として却下を免れない。

二  甲原告らの被告市に対する本件条例の施行差止の訴について

1  処分の事前差止訴訟の要件

甲原告らは、予備的に、被告市に対し、いわゆる無名抗告訴訟のうちの処分の事前差止訴訟(行政庁がある処分をすべからざることを求める給付訴訟)として、本件条例の施行差止を求めている。

ところで、処分の事前差止訴訟は、次の要件のもとに提訴することができると解するのが相当である。

(一) 行政庁に当該処分についての第一次的判断権の行使をさせる必要がないか、またはその必要が極めて少ないこと。

(二) その処分がされることによつて回復し難い重大な損害を被るおそれがあつて、事前の救済の必要性が顕著であること。

(三) 他に救済を求める手段がないこと。

なお、この点に関する甲原告らの主張(請求原因5の(一)末尾)は、独自の見解であつて、採用しないし、甲原告らの掲げる最判昭和三〇年三月五日、最判昭和四七年一一月三〇日は、処分の事前差止訴訟の適切な先例とはなりえないものである。

2  回復し難い損害と他の救済手段欠如の各要件について

前述の要件(一)について、本件条例の施行は、自治大臣の許可を前提とするところ、市町村法定外普通税の許可要件、特に地方税法六七一条一項但し書一号ないし三号に定める消極的要件の有無の判断に関する自治大臣の裁量には、ある程度の幅があり、自治大臣の第一次的判断権を尊重する必要がないとはいえないから、本件条例の施行差止の訴は、この点で疑問であるが、この点は、しばらく措き、他の要件(二)、(三)について検討する。

(一)  信教の自由と回復し難い損害

甲原告らは、まず、回復し難い損害として信教の自由を挙げるから、判断する。

(1)  当事者間に争いがない請求原因1の事実、〈証拠〉によると、本税は、数多くの文化財を有し、かつ、我が国の代表的な国際文化観光都市である被告市が、そのために文化財保護、文化施設の整備等の財政需要がありながら、厳しい財政状態にあることから、被告市が、固有の歴史的、かつ、文化的な資産の保存、整備等の施策を推進するための費用の一部を、被告市の市民のみならず京都へ観光に訪れた者等にも負担させる趣旨で、京都市の代表的な社寺等(甲原告らほか四〇社寺)の敷地内に所在する建造物、庭園などの文化財のうち、毎年の観賞者が多く、かつ、観賞について対価の支払を要することとされている文化財を観賞する者に対し、その有償観賞行為について課すものであること、本税の税率は、観賞者一人観賞一回について五〇円(小・中学生は三〇円)であること、本税の徴収の方法は、特別徴収、すなわち、文化財を観賞に供する社寺などが、特別徴収義務者として、観賞者から本税を徴収し、これを被告市に納入するものとされていること、特別徴収義務者には、交付申請書を被告市に提出して、観賞券の用紙の交付を受ける義務、右用紙によつて観賞券を発行し、観賞者が文化財を観賞しようとするとき、これを観賞者に交付し、同時に、本税を徴収する義務、観賞者に観賞券の呈示を求め、その一部を切り取り、半券を当該観賞者に返還する義務、本税について、被告市長に申告書を提出し、その納入金を納入する義務があること、以上のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

なお、本件条例四条は、本税は文化財の観賞に対しその観賞者に課すると、また、本件条例五条一項一号は、「謹行、読経、供養等信仰のために参けいする信者で別に定めるものが対価を支払わないで行う文化財の観賞」に対して本税を課さないとそれぞれ規定しており、これらの規定を形式的に解釈すると、本税の課税の対象は有償観賞行為に限られず、「別に定めるもの」に当たらない信仰のために参詣する信者が、対価を支払わないで行う文化財の観賞に対しても、本税が課されるかのようである。しかし、本件条例二条によると、有償の観賞の対象とされるものに限つて本件条例の文化財に当たると定義されていること(前掲乙第一号証による)や、本件条例は、対価を支払つてする文化財の観賞に担税力を求めたものであつて、無償で行う文化財の観賞には、担税力を見出し難いこと及び本件条例の七条(徴収の方法)、一一条(観賞券の交付)その他の各条項の規定のあり方に照らすと、本税の課税の対象は、有償観賞行為に限られることが明らかであつて、本件条例五条一項一号の規定は、信者が無償で行う文化財の観賞に対して、無償であるがゆえに当然のことながら本税が課されないことを注意的に明らかにしたにすぎない。

(2)  甲原告らは、本件課税が宗教行為に課税するという負担を課すことによつて信仰行為を侵害すること、本件条例は被告市長に信者であるか否かの判断権を与えており、政教分離の原則に違反すること、本件条例は観賞者に対して半券の呈示義務を負わせており、このことは結局宗教的信条の告白を強制するものにほかならないから、信教の自由を侵すこと、以上のことを挙げて、これらが信教の自由の侵害であつて、回復し難い損害を生じさせると主張する。

ところで、処分の事前差止訴訟の要件である回復し難い重大な損害は、当該訴訟の原告に生じうるものでなければならないことは、いうまでもない。

しかし、甲原告らが右に挙げている事柄は、甲原告らに生じうる損害ではないから、これらをもつて、本件条例の施行差止の訴の要件である回復し難い損害ということはできない。

(3)  もつとも、甲原告らは、本件条例が文化財に接する行為をすべて観賞行為と断定し、その宗教性を全く否定して課税しようとしているから、本件課税は公権力が信仰行為を信仰行為でないと断定することによつて、仏教の本質的な布教活動に介入する違法を犯すことになること、そして、甲原告らが参詣者に対する課税を認めるということは、宗教施設を参詣者に公開することによつて行う仏教本来の布教活動を自ら否定させられることを意味すること、以上のことを挙げて、これらが甲原告らの信教の自由の侵害であつて、甲原告らが回復し難い損害を被ると主張する。

しかし、(1)で述べたところから明らかなように、本件条例は、有償で行う文化財の観賞という客観的、外形的行為に着目し、そのような観賞者に対し、その者が文化財観賞の目的をもつか、信仰の目的をもつか、あるいは、これらを混在させているかといつた観賞者の内心を問うことなく、一律に本税を課すことにしているのである。すなわち、本件条例は、文化財の観賞という行為の宗教的側面を否定するわけではなく、対価を支払つてする有償の文化財の観賞という行為の客観的、外形的側面に担税力を見出し、これに本税を課すこととしたまでである。しかも、本件条例には、文化財には何らの宗教的意義がないとか、有償で行う文化財の観賞には信仰心が生じる余地がないとか、あるいは、有償で行う文化財の観賞という形をとる行為のすべてがおよそ信仰心とかかわりなく宗教的行為に当たらないとかの判断を前提としていると解さなければならない条項は、全く見当たらない。

甲原告らは、本税が課されることによつて、文化財の観賞という行為の宗教的側面自体が全面的に否定されるように主張するが、その行為のもつ宗教的本質は、本来、それに対する課税の有無とは無関係な事柄であり、課税によつて侵され、あるいは、これによつて奪われるようなものではないとしなければならない。このことは、現に甲原告らが、一方では、参詣者から一律にいわゆる拝観料を徴収して文化財(宗教財)の拝観行為について対価を得ておきながら、他方では、右拝観行為は宗教的行為であり、甲原告らにとつて布教の本質的行為であるとまで主張し、その間に矛盾を認めていないことと同じことである。

もつとも、甲原告らが徴収している拝観料が本件条例二条の対価ではないというのであれば、甲原告らは、右対価性の有無を争うことによつて、特別徴収義務を免れることができるから、本件条例自体が信教の自由に対する侵害であるとして争う必要はない。

そして、先に認定した本件条例によつて本税が設けられた趣旨、本税が、有償で行う文化財の観賞という行為の客観的、外形的側面に担税力を見出して、観賞者の内心にかかわりなく一律に本税を課すものであること、本税の税額が現在の物価水準からして僅少であることなどに鑑みると、本件条例は、文化財の観賞に伴う信仰行為、ひいては観賞者個人の宗教的信仰の自由を規律制限する趣旨や目的で本税を課すものでないことは明らかであり、また、右信仰行為に抑止効果を及ぼし、これを結果的に制限するものでもない。

そのうえ、本税は、文化財の有償観賞行為を課税客体とし、その観賞者を納税義務者とするものであつて、宗教団体である甲原告らは、納税義務者でも経済上の担税者でもないから、本税は、甲原告らの宗教施設の公開による布教という宗教上の活動自体に対する課税として、これを直接規律するものではない。また、甲原告らが、特別徴収義務をはじめとする前述の種々の義務を負うことによつて、従前の拝観料等の対価の徴収方法と比べて煩瑣な事務処理を負担することは否定できないが、これら種々の義務の内容や、甲原告らが従前から拝観料等の対価を徴収してきたことに鑑みると、甲原告らが、右事務処理の負担のために、宗教施設を公開して布教をすることを断念せざるをえなくなるとか、あるいは、これに重大な支障を生じるとの事態は、到底考えられない。したがつて、甲原告らが参詣者(本件条例の仕組みからいうと、観賞者)に対する本税の課税を認めてこれを徴収したからといつて、仏教本来の布教活動を否定させられる結果になるといえないことは明らかである。

(4)  甲原告らは、本件条例が施行されると参詣者に本税の納付が義務づけられるから、信仰心をもつて拝観しようとする者に萎縮的効果をもたらし、ひいては甲原告らの布教活動や拝観料収入に悪影響を与え、そのために、甲原告らが回復し難い損害を被ると主張する。

しかし、〈証拠〉によると、最近の京都市の有料拝観社寺の平均拝観料(一般大人)と京都市を訪れた観光客数の関係をみたとき、昭和四五年が八三円で三三九六万人、昭和五〇年が一五二円で三八〇四万人、昭和五六年が二四九円で三九七〇万人であり、平均拝観料は、約一〇年で三倍程になつたが(ちなみに、この間の一般消費者物価の上昇は2.5倍弱である)、観光客数は減らないで漸増していること、昭和五六年の京都市観光調査年報の推計によると、総観光客数のうち、日帰り客が七四パーセント、宿泊客が二六パーセントであり、一人当たりの平均支出額は、それぞれ六二九〇円、二万九五四八円であること、以上のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

右認定事実や本税の税率が観賞者一人観賞一回について五〇円(小、中学生は三〇円)であること及び現在の物価水準とを考慮すると、本税の納付が義務づけられることによつて、信仰心をもつて拝観しようとする者に対してはもとより、そうでない者に対しても、萎縮的効果をもたらすとまではいえない。

甲原告らは、自ら徴収している拝観料のことは、お布施と称して棚上げにしたうえで、本税による萎縮的効果を問題にして信教の自由の侵害を云々するのであるが、より高額な拝観料にこそ萎縮的効果があることに思いを致すべきである。

したがつて、甲原告らの右主張は事実に基づかない観念論であつて、失当である。

(5)  甲原告らは、京都に数ある寺院のうち、甲原告らほか四〇社寺の参詣者だけが本税を課せられることになるから、甲原告らが他の社寺と比べて参詣者の減少などの不利益を被り、これは布教活動に対する不利益的取扱いにほかならず、回復し難い損害が生じると主張する。

しかし、(4)で述べたとおり、本税の課税によつて甲原告らの文化財の参詣者が直ちに減少するとまではいえないし、また、(3)で述べたとおり、甲原告らが特別微収義務等を負うからといつて、これが布教活動に対する制約になるわけでもないから、甲原告らが他の社寺と比べて布教活動に対する不利益的取扱いを受けると断ずべき根拠はない。

したがつて、甲原告らの右主張は失当である。

(6)  まとめ

以上の次第で、甲原告らが、本件条例の施行によつて信教の自由を侵され、回復し難い重大な損害を被るおそれがあるとすることは無理である。

(二) 甲原告らの本件課税に対する対応の仕方と回復し難い損害

甲原告らは、本件課税に対する甲原告らの対応の仕方によつて回復し難い損害が生じると主張するから判断する。

(1) 甲原告らが、本件条例に従つて参詣者から本税を徴収し、被告市へ納税する場合について

甲原告らは、右の場合に、本件条例が判決で無効と確認されると、本税が被告市から甲原告らに還付され、甲原告らがこれを参詣者に返還しなければならないが、そのために課税に際して多数の参詣者の住所、氏名を記録することは不可能であるから、参詣者に対して本税を返還することは事実上不可能であり、回復し難い損害を被ると主張する。

しかし、本件条例が判決で無効と確認された場合、行訴法三八条三項、三二条一項、三四条に照らすと、その判決の効力が甲原告らと参詣者との間にも及ぶかという疑問があるが、仮にこの点を肯定的に解しても、甲原告らが右判決の出されることを前提として参詣者の住所、氏名を記録すべき義務を負う法的根拠は何らなく、また、甲原告らは、個々の参詣者から本税相当額の返還請求があつたときにはじめてこれに対処すれば足りるのである。

なお、甲原告らは、仮に本税の返還が可能であるとしても、甲原告らが返還費用として参詣者一人につき最低四〇〇円を負担することになると主張する。

しかし、本件条例が判決で無効を確認された場合、拝観したことを証明して本税相当額わずか五〇円の返還請求をする参詣者が多数現われて甲原告らがその返還費用のために経済的に回復し難い程の重大な損害を被るとは、経験則上到底考えられない。したがつて、甲原告らが返還費用を負担するからといつて、回復し難い損害を被るとはいえない。

さらに、甲原告らは、本件条例あるいは特別徴収義務者の指定が取り消されても、本税の返還に影響を与えないと解する場合は、納付された本税が参詣者に返還されることはなく、結局、被告市が不当利得をすることになつてしまい、参詣者に回復し難い損害が生じると主張する。

しかし、回復し難い損害は、当該訴訟の原告に生じるものでなければならないから、甲原告らの右主張は主張自体失当である。

以上によると、甲原告らが頭柱掲記の場合に回復し難い重大な損害を被るおそれがあるとすることはできない。

(2) 甲原告らが、参詣者から本税を徴収せず、本税を立て替えて被告市へ納税する場合について

甲原告らが、甲原告ら社寺の信教の自由を侵すものではない本税を何故徴収しないで立て替えなければならないかば判然としないが、そのような特殊な場合を持ち出して回復し難い損害が生じる場合の例とするのは適当ではない。

甲原告らが、あくまで本税が憲法に違反すると考えるのであれば、本件条例の施行差止訴訟によらなくても、本件条例の無効確認訴訟(もちろん適法であることを要する)あるいは特別徴収義務者の指定処分取消しないし無効確認訴訟を提起して執行停止の制度を利用すれば足りるのである(但し、停止されるかどうかは別である)。

なお、甲原告らは、特別徴収義務の不履行によつて刑事罰が課せられると主張するが、そのような将来必ず刑事罰が課せられると断言できない事柄を今ここに持ち出して、回復し難い損害の一つに挙げることは、適当でない。

したがつて、甲原告らが頭柱掲記の場合に回復し難い重大な損害を被るおそれがあつて、かつ、本件条例の施行差止を求める他に救済手段がないとすることはできない。

(3) 甲原告らが、参詣者から本税を徴収せず、被告市へも納税しない場合について

甲原告らは、右の場合に、地方税法六九一条二項の特別徴収義務者の納入義務違反の罪で、三年以下の懲役、五〇万円以下の罰金または科料に処せられ、また、巨額の税について滞納処分がなされて財政上致命的打撃を被り、いずれも回復し難い損害を被ると主張する。

しかし、(2)で述べたと同様に、甲原告らが本税を徴収せずかつ納税しないという方法を選択しなければならない必然的理由が判然としないし、甲原告らは、刑事訴訟手続の中で本件条例が無効であることを主張することができ、それが認められると、処罰されない。また、甲原告らは、その所有財産に対する滞納処分を受けても、違法な処分であるとして争えば足り、これについて執行停止の制度を利用することができる。

したがつて、甲原告らが頭柱掲記の場合に回復し難い重大な損害を被るおそれがあつて、かつ、本件条例の施行差止を求める他に救済手段がないとすることはできない。

(三) 本件覚書と回復し難い損害

甲原告らは、本件条例の制定あるいは施行によつて、本件覚書で保護されている税の新設をされない権利が侵害されると主張するが、本件覚書にこのような法的効力、法的拘束力がないことは後述のとおりであるから、甲原告らの右主張は失当である。

(四) 事後の執行停止の他の救済手段としての有効性

甲原告らは、事後の執行停止によつては、十分な救済が得られないと主張するから判断する。

(1) 甲原告らは、事後の執行停止の決定が得られるまでの間、信仰行為の侵害が続けられ、しかも、参詣という宗教活動の本質的行為を否定されることは仏教そのものを否定されるに等しいところ、このようなことは瞬時たりとも許されないと主張する。

しかし、本件条例の施行により甲原告らの宗教活動を害しないことは既に述べたとおりであるから、甲原告らの右主張は失当である。

(2) 甲原告らは、執行停止決定が下されるまでの間に本件条例の特別徴収、納付義務違反が生じ、これに対して処罰されると主張する。

しかし、執行停止をするかどうかは、裁判所の権限であるから、必ず執行停止のあることを前提にした右主張は無意味である。

甲原告らは、執行停止決定は相当の審理を経て発せられることが確実であると主張するが、仮にそうだとしても、右の結論に変わりはない。

さらに、甲原告らは、執行停止決定が発せられるまでの間に、本税の納付か処罰かのいずれかの負担を強いられると主張するが、そのようなことは、執行停止の要件である「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に該当するかどうかの判断に当たり考慮されるから、事後の執行停止が他の救済手段として有効でないとはいえない。

(3) 甲原告らは、本件条例の施行差止の訴を適法とすると、それだけ早く紛争を本案判決により解決できると主張するが、このことのために事後の執行停止が他の救済手段として有効でないことにはならない。

(4) 甲原告らは、本件条例の施行差止の訴を適法として本案審理を進めれば、執行停止に対する判断が早くなり、信仰行為の侵害や仏教そのものの否定による甲原告らの負担が早く解決されると主張するが、甲原告らの右主張は、(1)と同じ理由から失当である。

(5) 以上の次第で、事後の執行停止は、(二)(2)及び(3)で述べたとおり、本件条例の施行差止の訴に代わる他の救済手段として有効であるというべきである。

(五) まとめ

右にみてきたところによると、甲原告らが、本件条例の施行によつて回復し難い重大な損害を被るおそれがあつて、事前の救済の必要性が顕著であり、かつ、他に救済を求める手段がないとすることは、無理である。

3  まとめ

以上の次第で、甲原告らの被告市に対する本件条例の施行差止の訴は、処分の事前差止訴訟の要件を欠くから、不適法として却下を免れない。

三  甲原告らの被告市に対する本税の新設禁止義務を負うことの確認の訴について

1甲原告らは、さらに予備的に、被告市に対し、被告市が本件条例に基づく本税を新設してはならない義務を負うことの確認を求めている。

ところで、甲原告らは、抗告訴訟(無名抗告訴訟を含む)、すなわち、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟として、右訴を提起したのであるから、右訴の実質は、本件条例を施行してはならない義務を負うことの確認を求める訴訟である。なぜならば、本税の新設という複合的行為全体を抗告訴訟の対象とすることはできないし、被告市が本税の新設のためになすべき自治大臣への許可申請は、公権力の行使には該当しないし、また、本件条例の公布や特別徴収義務者の指定処分は、被告市長がなすべきだからである。

2そうすると、右訴は、処分の不作為義務確認訴訟というべきところ、これが許される要件については、処分の事前差止訴訟と同様であると解するのが相当である(なお、前掲最判昭和三〇年三月五日、最判昭和四七年一一月三〇日について述べたことは、ここでもあてはまる)。したがつて、本件条例の施行差止の訴が前述のとおり不適法である以上、本税の新設禁止義務を負うことの確認の訴も不適法であることに帰着する。

3まとめ

以上の次第で、甲原告らの被告市に対する本税の新設禁止義務を負うことの確認の訴は、不適法として却下を免れない。

四  甲原告らの被告市長に対する本件条例に基づく特別徴収義務者の指定処分差止の訴について

右訴は、処分の事前差止訴訟であるところ、二(被告市に対する本件条例の施行差止の訴について)で述べたと同じ理由で、甲原告らが特別徴収義務者の指定処分によつて回復し難い損害を被るおそれがあつて、事前の救済の必要性が顕著であり、かつ、他に救済を求める手段がないという要件を欠くとしなければならない。

したがつて、甲原告らの被告市長に対する本件条例に基づく特別徴収義務者の指定処分差止の訴は、不適法として却下を免れない。

五  甲原告らの被告市長に対する本件条例に基づく特別徴収義務者の指定処分禁止義務を負うことの確認の訴について

右訴は、処分の不作為義務確認訴訟であるところ、特別徴収義務者の指定処分差止の訴が前述のとおり不適法である以上、右訴も不適法であることに帰着する。

したがつて、甲原告らの被告市長に対する本件条例に基づく特別徴収義務者の指定処分禁止義務を負うことの確認の訴は、不適法として却下を免れない。

六  原告らの被告市長に対する旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為の禁止、旧税と同種の税の新設禁止義務を負うことの確認の各訴について

原告らは、民事訴訟もしくは公法上の当事者訴訟として、本件契約(確約)の当事者である行政庁たる被告市長に対し、本件契約(確約)自体の効力に基づく、あるいは、本件契約(確約)に基づいて形成された原告らと被告らとの信頼関係を覆すことができないとの理論に基づく不作為義務の履行ないし確認を求めている。

ところで、行訴法上の抗告訴訟では、行政庁に被告適格が認められている(同法一一条一項、三八条一項)が、公法上の当事者訴訟ではこのような特例はなく、一般の民事訴訟の例によることとされている(同法四一条、七条参照)。そして、民訴法では、実体法上権利能力を有する者を当事者能力者として取り扱つている(同法四五条、例外四六条)。

ところで、行政庁は、行政主体たる国や地方公共団体の権利、義務を実現するため、行政事務を担任している行政機関にすぎず、実体法上権利能力をもたないことは、いうまでもない。そうすると、行政庁には、民事訴訟及び公法上の当事者訴訟の当事者能力がないことに帰着する。

したがつて、行政庁たる被告市長には、前記各訴の当事者能力がないから、原告らの旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為の禁止、旧税と同種の税の新設禁止義務を負うことの確認の各訴は、不適法として却下を免れない。

七  原告らの被告市に対する旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為の禁止、旧税と同種の税の新設禁止義務を負うことの確認の各訴について

1被告市は、旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為の禁止を求める訴は行政庁に対し不作為を求める訴であるから不適法であると主張する。

しかし、原告らは、民事訴訟もしくは公法上の当事者訴訟として、本件契約(確約)の当事者たる被告市に対し、本件契約(確約)自体の効力に基づく、あるいは、本件契約(確約)に基づいて形成された原告らと被告らとの信頼関係を覆すことができないとの理論に基づく不作為義務の履行を求めるものであつて、行政庁に対し無名抗告訴訟として不作為を求めているものではないから、被告市の右主張は失当である。

2被告市は、原告らのうち乙原告らは本件条例の別表で対象社寺とされていないから、原告適格がないと主張する。

しかし、民事訴訟の給付の訴では、訴訟物たる給付請求権を自らもつと主張する者に、また、確認の訴では、訴訟物たる権利関係の確認につき確認の利益を有する者にそれぞれ原告適格があり、この理は、公法上の当事者訴訟についても同様である。

そうすると、乙原告らも、本件契約(確約)の当事者として、被告市の不作為義務に対応する不作為請求権をもつと主張し、被告市がこれを争うのであるから、前記各訴の原告適格があることに帰着する。そして、乙原告らにそのような不作為請求権があるかどうかは、本案に入つて判断されるのである。

3被告市は、本件契約(確約)六項二文は無効であるから、原告らに権利保護の利益(訴の利益)がないと主張する。

しかし、本件契約(確約)六項二文が有効か無効かは、本案に入つて判断されるべき事柄である。

4まとめ

以上の次第で、原告らの被告市に対する前記各訴は、本案に入つて判断されなければならない。

第二  本案に対する判断

一  本件契約(確約)六項二文の効力に対する判断

原告らは、請求原因2の(一)、(二)の事実経過のもとに、原告らと被告らとの間で、本件契約(確約)、すなわち、旧税をめぐる一大紛争を解決するため、原告ら社寺側が、全面的に五年間旧税の特別徴収その他旧税の適正円滑な施行に協力し(前文及び一項ないし五項)、被告らが、旧税について期限を五年とし、期限後はこの種の税をいかなる名目でも新設または延長しない(六項)ことを内容とする双務契約(その具体的条項は、本件覚書のとおり)が成立したのであるから、本件契約(確約)は、有効であつて法的拘束力があり、被告市は、六項二文の「この種の税はいかなる名目においても新設または延長しない」との合意に拘束され、その履行義務、すなわち、旧税と同種の税の新設ないし新設にかかる一切の行為をしてはならない義務があると主張する。

しかし、当裁判所は、仮に、右の事実経過のもとに原告らと被告らとの間で本件契約(確約)が成立したとしても、その六項二文は、法的に無効であると解するものである。以下に、その理由を詳述する。

1  市議会の議員の議案提出権と本件契約(確約)六項二文の効力

地方自治法一一二条は、普通地方公共団体の議会の議員に、一定の要件のもとに、議会の議決すべき事件について、固有の議案提出権を与えている。この議員の議案提出権の対象に市町村法定外普通税の徴収に関する地方税条例の新設改廃が含まれていることは、地方自治法一一二条に、同法七四条一項のような制限を設けていないことから、明らかである。

ところで、本件契約(確約)六項二文が有効であるとすると、被告市が六項二文に法的に拘束されて、旧税と同種の税の新設に関する一切の行為たとえば条例の施行や自治大臣への許可申請などができなくなり、市議会の議員が同種の税の新設に関する条例案を提出して、これが市議会で議決されても、右条例の施行に至らず、結局、地方自治法によつて住民の代表たる市議会の議員に与えられた固有の議案提出権が、侵害されることとなる。このように、原告らと被告らとの合意によつて、市議会の議員の固有の議案提出権を剥奪したり制限することは、議員の議案提出権を定める地方自治法に違反して許されないことは、いうまでもない。

もつとも、原告らは、本件契約(確約)が市議会の了解のもとに成立したと主張するが、原告らは、市議会本会議で本件契約(確約)が議決されたとまでは主張していないし、また、市議会を構成する議員が、その後変わつてしまつたことは公知の事実であり、さらに、そもそも、選挙によつて住民の代表として選出された議員が、最も重要な権限である固有の議案提出権の制限に同意を与えること自体法律上無意味であるというべきである。

したがつて、被告市は、市議会の議員から旧税と同種の税の条例案が提出され市議会が議決したとき、固有の議案提出権を尊重して、右同種の税の新設にかかる一切の行為をしなければならないのであつて、本件契約(確約)六項二文に法的拘束力があるとすることはできない。

2  被告市の課税権、被告市長の議案提出権と本件契約(確約)六項二文の効力

原告らの主張が、被告市長が市議会に提出するべき旧税と同種の税の条例案の企画、作成や、被告市長から右条例案の提出があつた際の右税の新設ないし新設にかかる一切の行為をしてはならないという義務を、被告市が負うとの趣旨であるとしても、次に述べるとおり、本件契約(確約)六項二文に法的拘束力があるとすることはできない。すなわち、

(1)  第一に、被告市が、私人との合意によつて課税権の一部を放棄すること(市議会の議員によつて条例案の提出がされたとき以外、旧税と同種の税を新設できないとすること)は、地方公共団体に法律に従つた地方税を賦課徴収する権能があるとする地方自治法二二三条、地方税法二条の法意に照らして許されない。

原告らは、この点について、本件契約(確約)六項二文は、甲原告らほか四〇社寺に参詣する参詣者の一部に対し、地方税法五条三項により市町村に特別に徴収してもよいとして全くの自由裁量として認められている市町村法定外普通税の課税をしないという、極めて限られた内容しかないから、被告らの裁量の範囲内で決定しうることであつて、法も許容していると主張する。

たしかに、市町村法定外普通税を設けるかどうかは、地方税法上、市町村の裁量に委ねられている。しかし、市町村法定外普通税の制度は、前述のとおり、地方自治の見地から名地方公共団体の特殊事情に応じた課税ができるように設けられたものであつて、地方公共団体が自主的な財政運営を図るために極めて重要であるうえ、市町村法定外普通税の採否は、地方公共団体の財政ひいては住民全体の利益にかかわる事柄であるから、市町村法定外普通税と特別の利害関係のある私人と当該地方公共団体との間で、右税を設けないこととすると取り決めても、これに法的拘束力があるとすることはできない。もし、このような合意に法的拘束力があるとすると、当該地方公共団体に右税収入を確保できる財源があり、しかも右税収入を必要とする財政需要がある場合、当該地方公共団体の財政ひいては住民全体の利益が害されるし、さらに、偏頗、恣意的な税務行政になりかねない結果を招来する。そして、このようなことが、地方自治法二二三条、地方税法二条の法意に反することは、いうまでもない。

したがつて、原告らの右主張は失当である。

(二)  第二に、被告市長が私人との合意によつて議案提出権の一部を放棄することは、地方自治法が地方公共団体の長の権限と責任について詳細に規定している趣旨に照らして許されない。

原告らは、この点について、本件契約(確約)六項二文は、被告らの裁量に属する「この種の税」、すなわち、旧税と同種の税の新設という具体的な議案提出権を、旧税に憲法上の疑義があることを前提として放棄するものであつて、このような議案提出権の放棄は許されると主張する。

しかし、(一)で述べたとおり、市町村法定外普通税である旧税と同種の税の新設が被告市の裁量に委ねられているからといつて、被告市長の右議案提出権の放棄が許されることにはならない。つまり被告市の裁量に委ねられているということが、右議案提出権の放棄を正当ならしめないということである。また、被告らが右税に憲法上の疑義のあることを前提としていたとしても、このことについて、司法による公権的判断を経たわけでもないのに、憲法上の疑義があるからといつて右議案提出権を放棄したことが有効になる理はない。

したがつて、原告らの右主張は失当である。

3  報償契約等と本件契約(確約)六項二文の効力

原告らは、報償契約などの例を挙げて、本件契約(確約)六項二文が法的に有効であると主張するから、この点について判断する。

(一) 原告らは、特別税免除条項のあるいわゆる報償契約が、ガス事業法の附則で法的に有効とされているから、本件契約(確約)六項二文も有効であると主張する。

報償契約とは、明治後期以降、ガス・電気・電鉄事業などのように公共性が強く独占的傾向をもつ事業者と市町村との間に締結された契約で、おおむね、事業者側では、一定基準による報償金を定期的に納付すべきこと及び事業経営について市町村の種々の監督に服することを約し、市町村側では、事業者に対して事業経営に必要な道路その他公物の占用を認め、その占用に対し報償金以外に占用料または特別税を賦課しないこと及び他の同一事業の事業者に対して道路その他の公物の占用を許可しないことを約するものである。この報償契約は、公益事業規制法令の整備された現在でも、特にガス事業について存続しており、ガス事業法には、「この法律施行の際現に存する旧ガス事業者と市町村との間のガス事業の経営に関する定」という文言で、報償契約の存在を前提とし、これに関する紛争については通商産業大臣が自治大臣と協議して裁定する趣旨の規定(附則八項)がある。

しかし、右規定は、ガス報償契約の存在を黙示的に承認し、その存在に法律上の根拠を与えただけであつて、ガス報償契約の具体的内容が現行法上有効なものであるかどうかは、各条項ごとに考察することを必要とする。

そこで、特別税を賦課しないとの条項について検討すると、特別税を賦課されない代償として、事業者が報償金を納付するのであるから、市町村の財政に不利益をもたらすものではない、換言すると、実質的に課税権の一部を放棄するものではない。

そうすると、同条項は、必ずしも地方自治法、地方税法の趣旨に反することなく有効であると解する余地がある。

しかし、本件契約(確約)では、旧税の期限後にこれと同種の税を新設しないことに対する右のような意味での代償的措置が予定されていないから、本件契約(確約)六項二文が法的拘束力をもつとすると、被告市が、課税権の一部を何らの代償もなしに放棄する結果となることは否定できない。

したがつて、報償契約の特別税免除条項が有効であることは、本件契約(確約)六項二文が有効であることの根拠にならない。

(二) 原告らは、工場誘致条例の中に工場に課す固定資産税の一定割合を助成金として交付しうるとするものがあり、これが実質的には固定資産税の一部免除にほかならないのに有効とされているから、本件契約(確約)六項二文も有効であると主張する。

しかし、本件契約(確約)は、原告らの主張によると原告らと被告らとの間の双務契約であるから、これを地方公共団体が制定する条例と同一に論じることができないことは当然であるし、また、公益等による課税免除及び不均一課税を定める地方税法六条の趣旨に照らすと、工場誘致条例における右のような規定が、法律の根拠を有し、かつ、法律の規定に反しないことは明らかである。

したがつて、工場誘致条例における右のような規定が有効であることは、本件契約(確約)六項二文が有効であることの根拠にならない。

4  本件契約(確約)の他の各条項の履行と本件契約(確約)六項二文の効力

原告らは、本件契約(確約)の一項ないし五項、六項一文が被告ら及び原告ら代表者によつて履行されたから、本件契約(確約)六項二文も有効であると主張する。

しかし、履行されたとされる一項ないし五項、六項一文にそもそも法的拘束力があるか検討を要するところであるし、仮に、これらの各条項に法的拘束力があつて履行されたとしても、本件契約(確約)六項二文の効力を、これらの各条項の効力とは別異に判断して一向に差し支えないし、とりわけ、六項二文は、議案提出権という重要な問題を含んでいるのである。

5  まとめ

以上の次第で、本件契約(確約)六項二文は、法的に無効なものであるから、被告市が、六項二文に基づいて、旧税と同種の税の新設ないし新設にかかる一切の行為をしてはならない義務を負うことはないといわなければならない。

二  本件契約(確約)に基づく原告らの信頼保護の主張に対する判断

原告らは、請求原因2の(一)ないし(三)の事実経過のもとでは、原告らと被告らとの間に法件契約(確約)に基づく信頼関係が生じており、このような信頼関係は、やむをえない公益上の必要がある場合(事情変更の場合)以外、被告らが覆すことはできないから、被告市には旧税と同種の税の新設ないし新設にかかる一切の行為をしてはならない義務があると主張する。

1  行政上の確約の法理について

原告らは、右信頼関係が保護されるべき理由として、我が国の行政法では、西ドイツにおけるいわゆる行政上の確約の理論に類似の法理、すなわち、「行政庁が将来行うであろう公法的行為について自己拘束する意図をもつて相手方に対して行う意思表示等」(行政上の確約)について、適法、違法を問わずに信頼保護の見地からその有効性と法的拘束力を認める法理が確立しているという。

〈証拠〉によると、西ドイツでは、早くから租税法、建築法、社会保障法、官吏法など多くの行政領域でおおむね右のような行政上の確約の法理に関する判例法が形成され、個別の領域でいくつか成文法によつて規定されていること、その後、一九七六年の連邦行政手続法及び租税通則法に行政上の確約の規定を設け、これによつて、行政法一般における確約及び租税法における臨場検査に基づく確約の法制化がなされたこと、以上のことが認められる。

しかし、我が国では、現行法上、行政上の確約の法理の手懸かりとなるような規定は、行政不服審査の際の教示制度(行政不服審査法一八条、一九条、国税通則法七七条、一一二条)にわずかにみられる程度であるし、この確約の法理を認める判例法がまだ確立されていないうえ、この確約の法理自体も、その適用領域、確約の法的性質、その効力、行政庁に対する拘束力発生のための要件、拘束力の程度範囲、確約をめぐる紛争の訴訟手続等が不明確であり、通説的見解が見当たらない状況下にある。

したがつて、行政上の確約の法理を採用して、本件契約(確約)の効力を認めることは無理である。

2  我が国の判例と行政上の確約の法理

原告らは、我が国の判例が既に行政上の確約の法理を採用しており、その要件は、次のとおりであるという。

(一) 行政主体(行政庁)と私人間で、契約または行政当局の確約(適法、違法を問わない)によつて信頼関係が生じた場合、原則として、行政当局は、信頼関係を覆すことができず、また、信頼関係が対価性をもつ場合には、信頼関係は、より一層法的保護を要請する。

(二) 行政主体(行政庁)がこれを覆すことができるのは、やむをえない公益上の必要がある場合(事情変更のある場合)に限られるが、施策決定の基盤をなす行政情勢の変化だけでは、やむをえない事情に当たらない。

しかし、原告らが掲げる最判昭和五六年一月二七日は、企業が地方公共団体の企業誘致政策の変更によつて損害を被つた国家賠償事件について、信義衡平の原則に照らし、施策の変更が地方公共団体の不法行為責任を生ぜしめることがありうることを明らかにしたにとどまる。そして、右判例は、不法行為責任を生ぜしめる要件として、勧告ないし勧誘が企業誘致政策に適合する特定内容の活動をすることを促すものであることのほかに、その特定内容の活動が、相当長期にわたる右施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金または労力に相応する効果を生じうる性質のものであること、特定の者の被つた損害が社会観念上看過することのできない程度の重大なものであること等をも要求している。

そうすると、右判例は、信義則の一適用事例にすぎず、原告らの主張する行政上の確約の法理を採用して、その要件を明確にしたものとするわけにはいかない。

次に、原告らが掲げる東京高判昭和五八年一〇月二〇日は、国民年金法の国籍要件を欠くにもかかわらず、行政当局の職員の勧誘で国民年金に加入し、長年にわたつて保険料を納めてきたのに、受給段階になつてから、国籍要件を欠き受給資格がないことを理由に国民年金(老齢年金)の支給を拒否された在日韓国人が、社会保険庁長官に対して、支給を拒否した裁定却下処分の取消しを求めた事件について、諸般の具体的事実関係のもとでは、信義衡平の原則に照らし、右在日韓国人と行政当局との間で生じた信頼関係を行政当局が覆すことができないとして、右処分を取り消した裁判例であつて、これも、信義則の一適用事例にすぎない。

そうすると、我が国の判例上、原告らの主張する行政上の確約の法理が一般的に認められ、その要件が明確にされているとは、到底できない。

3  公法の分野における信義則ないし禁反言の法理の適用

ところで、信義則ないし禁反言の法理は、法の一般原理であるから、公法の分野にも適用のあることは、いうまでもない。すなわち、

行政側と私人との間に契約その他これに類似する具体的関係によつて何らかの信頼関係が生じた場合、行政側がその信頼関係を覆すことは、場合によつて、信義則ないし禁反言の法理に照らして許されず、このことが、行政庁の処分の違法事由となるばかりか、ときには、例外的にではあるが、行政主体が、私人に対し信頼関係を維持すべき具体的な作為、不作為の義務を負い、私人が訴訟の場でその履行あるいは確認を求めることができるとしなければならない。そして、行政主体が右義務を負うかどうかの判断に当たつては、信頼関係を生じさせる契機となつた行政側の行動の態様、私人が行政側の行動を信頼したことが正当な理由によるものかどうか、信頼関係の内容とされている事柄の法的評価(適法か違法か、法的拘束力の有無等)、信頼関係に基づいて、私人が対価的負担を負い、あるいは、犠牲を払つたかどうか等の事情、信頼関係の推移、行政主体が信頼関係を覆えさざるをえない公益上の必要性の有無及び程度、行政主体が信頼関係を覆すことによつて、私人の受ける不利益の程度等諸般の事情を、当該義務の内容と関連させて総合的に考究することが必要である。

4  本件契約(確約)に基づく原告らの信頼保護の要否の検討

そこで、右の視点に立つて、被告市が、本件契約(確約)に基づく信頼関係を維持すべき具体的な義務として、旧税と同種の税の新設ないし新設にかかる一切の行為をしてはならない法律上の義務を負うかどうかについて検討する。

(一)  原告らが主張する本件契約(確約)が成立した経緯、その内容、その後の経過を前提とする限り、本件契約(確約)は、原告らと被告市、高山市長とのたび重なる折衝の中で、被告市の内部決裁手続を経た文書である本件覚書の調印等によつてなされたもので、原告らが、本件契約(確約)六項二文の「この種の税はいかなる名目においても新設または延長しない」という条項によつて、もはや旧税と同種の税の新設または延長はないと信じたことには、一応もつともな理由があり、原告らの立場からすれば、それゆえにこそ、旧税の適正円滑な施行に協力したのであるし、旧税の終了時の被告市側の態度は、原告らの右信頼を強めたということができ、現に一四年間旧税と同種の税の新設の動きはないままに過ぎたのである。

(二)  しかし、他方、本件契約(確約)六項二文自体が被告市に対する法的拘束力をもつものでないことは、前述したとおりであり、特に、市議会の議員が旧税の終了後に旧税と同種の税を新設する旨の条例案を提出し、市議会がこれを議決した場合、被告市は、旧税と同種の税の新設にかかる一切の行為をしなければならない法的地位にあつたことを考えたとき、原告らの同種の税の新設や延長がないとの信頼は、主観的にはともかく、客観的には、事実上の、しかも基盤の弱い期待に基づくものであつたというべきである。

また、原告らは本件契約(確約)の前文及び一項ないし五項に従つて旧税の適正円滑な施行に協力したというが、右前文は、旧税の実施に当たつて、社寺が旧条例の適正円滑な施行について協力し、被告市が社寺の宗教法人としての特殊性を尊重する旨を、一項は、旧条例三条にいう「市長が定める」とは規則への委任の趣旨であるが、規則制定に当たつては社寺の意向を尊重する旨を、二項は、旧条例実施の際生じた疑義等については両者の協議で修正する旨を、三項は、社寺から特別徴収義務者として経理責任者を指定するよう申し出たとき、被告市がこれを認める旨を、四項は、旧税の徴収によつて得た財源をできるだけ文化財の保護費に充てるほか、その使途、管理運営の方法等について社寺の意見を尊重する旨を、五項は、旧条例の実施につき被告市と社寺とが協議するには運営委員会による旨を、それぞれ定めたもので、これらの規定は、抽象的な前文を措くと、むしろ原告ら社寺にとつて有利なことを定めているのである。

そうすると、原告らがこれらの条項に従つたからといつて、特に負担とはならないし、この他に旧条例の適正円滑な施行に対する協力としては、原告らが旧条例上の当然の義務を履行したにすぎない。そして、その義務の内容は、本件条例に基づき原告らが負うことになる義務とほぼ同一であるから(成立に争いがない甲第四号証による)、煩瑣な事務を強いられるとはいえ、重い負担とまではいえない筋合である。

しかも、原告らが、旧税の実施中から終了後現在に至るまでの間、旧条例上の当然の義務や本件契約(確約)上の協議等をしたほかに、旧税と同種の税の新設または延長はないという信頼を前提として、資金や労力を投入するなどの積極的行動を行つたとの主張はない。

もつとも、原告らは、旧税に対する違憲の主張をひとまず引つ込めて、旧税の施行に協力したことが最大の対価的負担であると主張する。しかし、本税と同旨の旧税が、社寺の信教の自由を侵すもので違憲であるとする原告らの主張自体正当でないことは前述のとおりであり、しかもこの点について、司法による公権的判断がなかつたのであるから、原告らが違憲の主張をひとまず引つ込めたことを、重要な意味のあることと評価することはできない。

そのうえ、原告らは、一四年間の時の経過によつて信頼が強まつたとしているが、これを別の面からとらえると、原告らは、既に一四年間の長きにわたつて、本件契約(確約)六項二文に法的拘束力があるのと同様の利益を享受し、被告市は、結果的に一四年間原告らによる右利益の亨受を受忍し、多大の税収を見過してきたという評価をすることもできるのである。

また、旧税や本税の納税義務者は、文化財の参詣者であつて、原告らではなく、原告らは、特別徴収義務者にすぎないのであるから、本件契約(確約)による原告らの利益は、特別徴収義務から解放されたというにすぎない。このことを、信頼が強まつたとまで過大にいうことはない。

(三)  〈証拠〉によると次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(1)  京都市は、平安京建都以来の古都として、相当数の国宝や重要文化財を含む伝統的建物、古美術品、史跡、庭園など数多くの文化財を有し、また自然環境にめぐまれ、毎年四〇〇〇万人近くの観光客が訪れる我が国の代表的な国際文化観光都市である。そのため、被告市は、財政需要の面で、従来からこれらの文化的遺産の保存整備、歴史的風土の保全整備、観光都市の基盤整備等に多額の支出を余儀なくされており、他方、収入面では、大企業が少なく伝統産業の比重が高い産業構造となつていることや固定資産税が非課税とされる社寺の境内地等が多いことなどが反映して、他の大都市に比較して市税収入が少なく伸悩みの状況にある。この結果、被告市の財政状態は、近年、年々悪化し、特にここ二、三年は特に財政収支が悪化をたどつている。

(2)  被告市の昭和五七年度予算における文化財保護等関係経費は、約二八億円であり、文化観光都市整備関係経費は約一五億円であつて、このうち文化財保護等関係経費を昭和四〇年度当時と比較すると約二九倍の伸びとなり、総予算の伸びの一六倍をはるかに上回つているが、今後もその種の文化財保護、景観保全、国際文化観光都市にふさわしい文化施設の整備等による財政需要は、最近被告市が世界文化自由都市宣言を行つたことや京都市文化財保護条例を制定したこと、あるいは、来る一九九四年に迎える建都一二〇〇年の記念事業計画などから、ますます増大すると見込まれる。しかし、景気の低迷で収入の中心である市税の伸びがわずかしか見込まれない反面、人件費等の支出増が避けられないため、被告市の財政状態の見通しは依然として極めて厳しく、文化財保護等の前述した施策の財源を捻出することは困難である。

(3)  旧税と基本的に同一の税である本税は、このような被告市の財政状態に鑑み、国民的資産ともいうべき京都市所在の文化財の保護等前述の施策を充実していくため、入洛観光客をはじめとする文化財の観賞者に対し、税として一定の負担を課すものである。本税は、一〇年間の時限税であつて、その間の税収見込額は一〇〇億円であるが、徴税事務費八億円を除く九二億円の使途は、文化財保護の充実、文化財防災の充実に四一億円を、歴史的景観等の保全に一〇億円を、国際文化観光都市の基盤整備たる観光道路及び観光駐車場の整備に一六億円を、建都一二〇〇年記念事業の一環である芸術文化劇場(仮称)及び岡崎文化ゾーンの整備に二五億円を、それぞれ充てる予定である。これらの施策事業費全体における本税相当額の割合は、約二一パーセントであり、そのうち文化財保護の充実の施策事業費では八〇パーセントを、芸術文化劇場(仮称)及び岡崎文化ゾーンの整備の施策事業費では五〇パーセントを、それぞれ本税収入が占めることになる。

以上の認定事実や、本税を定める本件条例が市議会の議決によつて既に成立していることを考え合わせると、原告らの「旧税と同種の税の新設または延長はない」との信頼を覆しても本税を新設せざるをえない極めて大きな公益上の必要があるとするほかはない。

(四)  他方、原告らが旧税と同種の税の新設または延長はないとの信頼を覆されることによつて被る不利益を検討すると、原告らは、旧条例上の義務等を履行したほか、この信頼を前提として資金や労力を投入したことを主張しないから、この信頼を覆されることによつて無益に帰する資金や労力は何もない、また、甲原告らが本件条例の施行によつて信教の自由を侵されるなど回復し難い重大な損害を被るおそれは、ないのである。そして、このことは、本件条例の対象社寺とされていない乙原告らについても同様である。

(五)  以上の諸事情と、被告市に対して求められている義務の内容が旧税と同種の税の新設ないし新設にかかる一切の行為をしてはならないというものであつて、被告市の課税権にかかわることであり、課税権が前述のとおり私人との合意による放棄の許されないものであることとを総合して判断すると、原告らの主張する事実関係を前提としても、本件契約(確約)によつて原告らと被告市との間に生じた信頼関係に基づいて、原告らが被告市に対し、事前に、旧税と同種の税の新設ないし新設にかかる一切の行為をしてはならないという具体的義務の履行ないし確認を求めうるものとすることは、到底できない。

5  まとめ

以上の次第で、原告らが被告市に対し本件契約(確約)による信頼関係に基づいて、旧税と同種の税の新設ないし新設にかかる一切の行為をしてはならない義務の履行を求め、あるいは、その義務の確認を求める請求は理由がない。

第三  結論

以上の次第で、甲原告らの被告市に対する、本件条例が無効であることの確認を求める訴、被告市が甲原告らに対し同条例を施行してはならないことを求める訴、被告市が甲原告らに対して同条例に基づく本税を新設してはならない義務を負うことの確認を求める訴及び甲原告らと乙原告らの被告市長に対する訴は、不適法であるから却下し、甲原告らの被告市に対するその余の請求及び乙原告らの被告市に対する請求は、理由がないから棄却し、行訴法七条、民訴八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(古崎慶長 小田耕治 西田眞基)

別紙

議題一二五号

京都市古都保存協力税条例の

制定について

京都市古都保存協力税条例を次のように定める。

昭和五八年一月一八日提出

京都市長 今川正彦

京都市古都保存協力税条例

(趣旨)

第一条 この条例は、本市固有の歴史的かつ文化的な資産の保存、整備等の施策の推進に要する費用等に充てるために課する古都保存協力税に関し必要な事項を定めるものとする。

(定義)

第二条 この条例において「文化財」とは、別表に掲げる社寺等(以下「社寺等」という。)の敷地内に所在する建造物、庭園その他の有形の文化財で、拝観料その他何らの名義をもつてするを問わず、その観賞について対価の支払を要することとされているものをいう。

(課税の根拠)

第三条 地方税法(以下「法」という。)第五条第三項の規定に基づき、市税として古都保存協力税を課する。

2 古都保存協力税の賦課徴収については、法、京都市市税条例その他別に定めがあるもののほか、この条例の定めるところによる。

(納税義務者)

第四条 古都保存協力税は、文化財の観賞に対し、その観賞者に課する。

(課税免除)

第五条 次の各号に掲げる文化財の観賞に対しては、古都保存協力税を課さない。

(1) 勤行、読経、供養等信仰のために参けいする信者で別に定めるものが対価を支払わないで行う文化財の観賞

(2) 公務又は業務による文化財の観賞で別に定めるもの

(3) 小学校の児童又は中学校の生徒が教員の引率により行う文化財の観賞

(4) 学齢に達するまでの者が行う文化財の観賞

2 前項に定める場合のほか、観賞者の負担が過重となることその他の理由により市長が課税を適当でないと認める場合においては、古都保存協力税を課さない。

(税率)

第六条 古都保存協力税は、観賞者一人観賞一回につき五〇円とする。

2 小学校の児童又は中学校の生徒が文化財を観賞する場合における古都保存協力税の税率は、前項の規定にかかわらず、観賞者一人観賞一回につき三〇円とする。

3 前二項に規定する観賞一回とは、社寺等ごとにその文化財を一回観賞することをいう。

(徴収の方法)

第七条 古都保存協力税の徴収については、特別徴収の方法による。

(特別徴収義務者)

第八条 古都保存協力税の特別徴収義務者(以下「特別徴収義務者」という。)は、文化財を観賞に供する者その他古都保存協力税の徴収について便宜を有する者で市長が指定したものとする。

2 市長は、前項の規定により特別徴収義務者を指定したときは、直ちにその旨を告示するとともに、当該特別徴収義務者に通知するものとする。

3 特別徴収義務者は、当該文化財の観賞について観賞者が納付すべき古都保存協力税を徴収しなければならない。

(税額の表示)

第九条 特別徴収義務者は、観賞者の見やすい箇所に、古都保存協力税の税額を表示しておかなければならない。

(申告納入)

第十条 特別徴収義務者は、次条の規定により観賞券を交付する際、古都保存協力税を徴収しなければならない。

2 特別徴収義務者は、毎月一五日までに、前月一日から同月末日までの期間において徴収すべき古都保存協力税について、申告書を市長に提出し、及びその納入金を納入しなければならない。ただし、当該特別徴収に係る文化財の全部が観賞に供されなくなつた場合においては、その供されなくなつた日から五日以内に、その供されなくなつた日までにおいて徴収すべき古都保存協力税について、申告納入しなければならない。

(観賞券の交付)

第十一条 特別徴収義務者は、観賞券を発行し、観賞者が文化財を観賞しようとするときに、これを観賞者に交付しなければならない。ただし、第五条の規定により古都保存協力税を課さない場合は、この限りでない。

(観賞券の用紙)

第十二条 前条の規定により発行すべき観賞券は、本市が交付する用紙によらなければならない。ただし、第十六条第一項の規定により特別観賞券を発行する場合は、この限りでない。

2 市長は、前項の規定により交付する用紙に、社寺等ごとに一連の番号を付するものとする。

3 特別徴収義務者は、第一項の用紙の交付を受けようとするときは、交付申請書を市長に提出しなければならない。

4 市長は、前項の申請書の提出があつた場合において、必要があると認めるときは、用紙を交付する。この場合において、市長は、特別の理由がある場合を除き、特別徴収義務者が当該用紙の交付を受けるときまでに納入しなければならない納入金の全額を納入したこと及びそのときまでに使用していない用紙の数を確認するものとする。

5 特別徴収義務者は、交付を受けた用紙を使用する必要がなくなつたときは、当該用紙を、直ちに返納書により市長に返納しなければならない。

(観賞券の切取り)

第十三条 特別徴収義務者は、観賞者が文化財を観賞する際、観賞券の提示を求め、その一部を切り取り、他の部分(以下「半券」という。)を当該観賞者に返さなければならない。

(半券の保持等)

第十四条 観賞者は、文化財の観賞中半券を保持し、徴税吏員の検査があるときは、これを提示しなければならない。

(切り取つた観賞券の保存)

第十五条 特別徴収義務者は、第十三条の規定により切り取つた観賞券の一部を、切り取つた日から二日間保存しなければならない。

(特別観賞券)

第十六条 特別徴収義務者は、特別の方法により文化財が観賞に供される場合その他特別の理由がある場合において、市長の承認を受けたときは、特定の期間、本市が交付する用紙以外の用紙による特別観賞券を発行することができる。この場合においては、当該用紙に一連の番号を付し、市長の検印を受けなければならない。

2 特別徴収義務者は、前項の規定により特別観賞券を発行しようとするときは、承認申請書を市長に提出しなければならない。

3 市長は、前項の申請書の提出があつた場合において、特別観賞券の発行を承認するときは、当該特別観賞券の用紙に検印する。この場合においては第十二条第四項後段の規定を準用する。

4 前項の規定により検印を受けた特別観賞券は、第十条から前条まで(第十二条を除く。)の規定の適用については、観賞券とみなす。

(帳簿への記載等)

第十七条 特別徴収義務者は、毎月次の各号に掲げる事項を帳簿に記載しなければならない。

(1) 観賞者数(第五条の規定により古都保存協力税を課さない者の数を除く。)

(2) 観賞券の用紙の受入数、交付数及び残数並びに当該観賞券に係る番号

(3) 特別観賞券の用紙の検印数、交付数及び残数並びに当該特別観賞券に係る番号

(4) 第十条第二項の規定により申告納入すべき税額

(5) その他市長が必要と認める事項

2 特別徴収義務者は、前項の帳簿を、当該月の翌月から三年間保存しなければならない。

(更正及び決定)

第十八条 市長は、法第六百八十六条第一項から第三項までの規定により古都保存協力税に係る更正又は決定をしたときは、直ちに更正又は決定通知書を発する。

2 更正による納入金の不足額又は決定による納入金額があるときは、前項の更正又は決定通知書に指定すべき納期限は、当該通知書を発した日から一月を経過した日とする。

(不足金額に係る延滞金の減免)

第十九条 市長は、特別徴収義務者が前条第一項の規定による更正又は決定を受けたことについてやむを得ない理由があると認めるときは、法第六百八十七条第二項に規定する延滞金額を減免することができる。

2 特別徴収義務者は、前項の規定により延滞金額の減免を受けようとするときは、当該更正又は決定通知書に指定された納期限までに、減免申請書にその理由を証する書類を添えて、市長に提出しなければならない。

(端数計算)

第二十条 古都保存協力税は、地方税法施行令第六条の十七第二項第八号の規定により、同号の市税とする。

(委任)

第二十一条 この条例において別に定めることとされている事項及びこの条例の施行に関し必要な事項は、市長が定める。

附則

(施行期日)

1 この条例の施行期日は、市規則で定める。

(準備行為)

2 特別徴収義務者の指定、観賞券の用紙の交付その他古都保存協力税を徴収するために必要な準備行為は、この条例の施行前においても行うことができる。

(この条例の失効)

3 この条例は、この条例の施行の日から起算して十年を経過した日に、その効力を失う。ただし、同日前における文化財の観賞に対して課し、又は課すべきであつた古都保存協力税については、同日後も、なお効力を有する。

提案理由

法定外普通税として古都保存協力税を新設するために、条例を制定する必要があるので提案する。。

(参照)

地方税法(抄)

(地方税の賦課徴収に関する規定の形式)

第三条 地方団体は、その地方税の税目、課税客体、課税標準、税率その他賦課徴収について定をするには、当該地方団体の条例によらなければならない。

(以下略)

(市町村が課することができる税目)

第五条 (前略)

3 市町村は、前項に掲げるものを除く外、別に税目を起して、普通税を課することができる。

(以下略)

別表(第二条関係)

名称

所在地

1

鹿苑寺

京都市北区金閣寺町

2

高桐院

京都市北区紫野大徳寺町

3

瑞峯院

京都市北区紫野大徳寺町

4

大仙院

京都市北区紫野大徳寺町

5

芳春院

京都市北区紫野大徳寺町

6

龍源院

京都市北区紫野大徳寺町

7

平安神宮

京都市左京区岡崎西天王町

8

禅林寺

京都市左京区永観堂町

9

無鄰菴

京都市左京区南禅寺草川町

10

金地院

京都市左京区南禅寺福地町

11

南禅寺

京都市左京区南禅寺福地町

12

慈照寺

京都市左京区銀閣寺町

13

蓮華寺

京都市左京区上高野八幡町

14

曼殊院

京都市左京区一乗寺竹ノ内町

15

詩仙堂丈山寺

京都市左京区一乗寺門口町

16

三千院

京都市左京区大原来迎院町

17

寂光院

京都市左京区大原草生町

18

元離宮二条城

京都市中京区二条通堀川西入二条城町

19

妙法院

京都市東山区東大路渋谷下る妙法院前側町

20

青蓮院

京都市東山区粟田口三条坊町

21

知恩院

京都市東山区新橋通東大路東入林下町

22

清水寺

京都市東山区清水一丁目

23

泉涌寺

京都市東山区泉涌寺山内町

24

東福寺

京都市東山区木町十五丁目

25

隋心院

京都市山科区小野御霊町

26

勸修寺

京都市山科区勧修寺仁王堂町

27

教王護国寺

京都市南区九条町

28

廣隆寺

京都市右京区太泰蜂岡町

29

天龍寺

京都市右京区嵯蛾天龍寺芒ノ馬場町

30

二尊院

京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町

31

念佛寺

京都市右京区嵯峨島居木化野町

32

大覚寺

京都市右京区嵯峨大沢町

33

常寂光寺

京都市右京区嵯峨小倉山町

34

退蔵院

京都市右京区花園妙心町

35

龍安寺

京都市右京区龍安寺御陵ノ下町

36

仁和寺

京都市右京区御室大内

37

高山寺

京都市右京区梅ケ畑栂尾町

38

神護寺

京都市右京区梅ケ畑高雄町

39

三宝院

京都市伏見区醍醐東大路町

40

城南宮

京都市伏見区中島宮ノ後町

別表(1) 主なる池泉庭

寺院名

宗派

思想

平安期

大覚寺

真言

神仙

勧修寺

平等院

天台・浄土

浄土

浄瑠璃寺

真言

法界寺

鎌倉期

西芳寺

禅宗

神仙

金閣寺

天竜寺

大珠院

南北朝

天授庵

南禅寺

知恩院

浄土

等持院

禅宗

室町

銀閣寺

桃山

三宝院

真言

江戸中期

成就院

法相

蓮華寺

天台

知積院

真言

青蓮院

天台

林丘寺

禅宗

高台寺

霊鑑寺

仁和寺

真言

普門院

禅宗

江戸中期

霊洞院

両足院

芳春院

等持院

江戸末期

三千院

天台

妙法院

法然院

浄土

寂光院

天台

流れ

別表(2) 主なる枯山水庭

寺院名

宗派

思想

室町期

銀閣寺

禅宗

一休寺

須弥山

竜安寺

苓陀院

神仙

大仙院

竜源除

須弥山

真珠庵

退蔵院

神仙

霊雲院

桃山期

王思院

道・仏

聚光院

須弥山

真如院

日蓮

神仙

本法寺

勧持院

円徳寺

禅宗

西本願寺

浄土

江戸初期

金地院

禅宗

大徳寺

正傅寺

雑華院

一休寺

神仙

曼殊院

天台

鹿王院

禅宗

浄土

円通寺

南禅寺

徳禅寺

神仙

一休寺

恵光寺

日蓮

江戸中末期

妙心寺

禅宗

金福寺

自然

東海庵

神仙

別表(3) 市税決算額累年調(51~57年度)

年度

決算額

対前年比

51

79,164,067,248円

――%

52

89,313,195,919

112.8

53

99,635,425,105

111.6

54

111,019,378,111

111.4

55

123,081,452,953

110.9

56

135,831,156,913

110.4

57

145,832,854,004

107.4

これは、乙第三号証の一ないし七に基づき作成したものである。

対前年比の欄の伸率が年々低下している。

別表(4) 京都市と他の指定都市の昭和五六年度市税決算額比較

昭和五六年度の市税収入額について、本市と他の指定都市の人口一人当たりの税額を比べると、

市税合計では人口一人当たり二一、八一六円の差があり、特に固定資産税収入が少なく 一三、四七六円の差となつている。

◎人口一人当たり市税収入額(昭和56年度)

区分

市税合計

市民税

固定資産税

その他の税

人口

京都市

A

91,962

52,383

21,607

17,972

1,477,028

他の指定都市

平均 B

113,778

56,480

35,083

22,215

(他の指定都市の計)

14,455,345

差(A-B)

△21,816

△4,097

△13,476

△4,243

(注) 市税決算額は、「昭和五六年度市町村別決算状況調」(乙第六号証)による。

人口は、五六年一〇月一日現在の推計人口による。ただし、広島市は、住基人口+外人登録の人口による。

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